詩集「旅と滞在」 (昭和八年−昭和十三年) 

三国峠

一年後

神津牧場

前橋市遠望

猪 茸

夕べの泉

若い白樺

アルペンフロラ

西北風

積雲の歌

夏 野

初冬に

覚めている貧

セガンティ−ニ

下山

大いなる夏

八ヶ岳横岳

輪鋒菊

星空の下を

朝の速記

山村にて

山麓の町

日 川

甲斐の秋の夜

山中地溝帯で

金峯山の思い出

志賀高原

秩父の早春

飯綱高原

和田峠東餠屋風景

天上沢

信州追分

雪消の頃

高原の晩夏に寄せる歌

 

 友

 わたしは君と旅をした。
 六月、栃とちの花咲く岨路そばみちをゆき、
 山の峠で展望し、
 新緑の谷間の温泉に身を沈めた。

 わたし達は暗い林間で清水を飲み、
 ルックサックを開いて健康に食い、
 深山の真昼をほがらかに鳴く、
 遠い、近い、筒鳥を聴いた。

 わたし達は山巓の日光を頭から浴びた。
 わたし達は芳烈な山気を全肉身にたきこめた。
 わたし達は薄赤い地熱の放射に照らされた。
 わたし達は変貌した。

 今、旅から帰って、生活と仕事とに、
 全く新らしい一歩を踏み出そうとしながら、
 わたしは遠ざかった山々の父らしい合図を心に聴く。
 しかし今日は立ちどまって君を思う、至愛の友よ。

 君の存在と共に結局はいつか亡びるもの、
 君に属するものの中で最も脆いはかない部分、
 そしておそらくは最も美しい部分、
 君の此の世の姿と、雰囲気と、その生活法ファソンとをわたしは見た。

 生命を形に托す君の仕事は
 それ自身ひとつの永遠を生きるだろう。
 それはいい。しかし君の存在の夏の虹、
 生活そのものである傑作を幾人の者が記憶するか。

 その美の脆いことが時にわたしを涙ぐませた。
 しかしその脆い美がわたしに一層深く君を愛させた。
 友よ、わたしは君の「人間」のにおいに触れた、
 あそこで、あの折れ重なる山々の間で。

                (高村光太郎君に)

 

 

  

目次へ

 

 友

 君の朝の乳入珈琲カフェエ・オー・レェには、
 健康な、赤道くさい植民地のにおいと、
 のびのびした春の御料牧場の、
 生温かいけものの躰臭とがあるだろう。

 冬の夜更けの工房アトリエのストーヴに、
 鉱山やまはっぱのこだまを聴き、
 ロビン・アデールやロッホ・ローモンドの、
 西風や霧にかすんだハイランドの歌を想う君だ。

 遠くの空で稲びかりのする夏の宵、
 君にどことなくキンキナの匂いがある。
 まっぴるま、深山みやまの祠でのうたたねに、
 岳鴉の無邪気なクウクウを君はよろこぶ。

 風懐を知って風懐を乗りこえ、
 価値をみとめて価値感を無視する君は、
 積極無道の土性骨を愛しながら、
 近代理智解剖の篩ふるいの目をこまかにとおす。

 君の芸術にある天然のように尽きない魅力、
 その極味がどこから来るのか誰が知ろう。
 ただ、人はその乳糜にゅうびにふとる、
 そのオゾンに一新される。

 しかしあたりがそろそろ人間臭く、
 卑しく低く、人情ぽくなって来る時分には、
 もう君はたった一人で妙高の雪を蹴っている。

 大東岬で海を見ている。

 

 

 

目次へ

 

 三国峠

 権現さまに臀をむけて
 しょい上げて来たエビスビールは抜くものの、
 さすが越後の風は荒っぽいな。
 上州はこんな奥でも変に賑かなお蚕時だが、
 山一重で浅貝は唄のとおりに寂しいな。
 でも苗場山の苗代田がよく見えるな。
 そういえばもう新藁の出る時分だな。
 お富士さまの麦藁の大蛇だな。
 夏は夏で、又したい仕事がうんとあるな。
 あしたあたり。
 もう東京へ帰ろうかね。

 

 

目次へ

 

 一年後

 猿ガ京を出はずれて、
 路は吹路ふくろへの降りにかかる。
 秋よ、
 秋はきらびやかに、爽かに、
 もう漆の葉をまっかに染めている。

 「小父さん、どけえ行くだ」
 四つか五つ、男の子が一人、
 小さい腰に両手をあてて立っている。
 私は立ちどまる、
 あまり小さい子供の、あまり大人びた其の様子に
 私は思わずにっと笑う。
 「法師へ行くんだよ」
 「法師か。法師ならまっすぐだ」
 あくまでもきまじめに道を教える其の子供に
 「知ってるよ」とは私は言うまい。
 思わず帽子に片手をかけて言う、「ありがとう」
 その時私は見た、
 大人のように両手をあてた子供の腰に、
 ちいさい守札のぶらさがっているのを……

    *

 翌年の春もたけて山藤の頃、
 また同じ身を私はとおった。
 はるか姉山の部落の鯉幟に、
 私は去年の子供を思い出した。

 私は歩きながら眼で探した。
 有難いモン・デュワ! 子供はいた、路の傍、畑の隅に。
 あの子だ。私はすこし興奮して近づいた。
 「君に上げるよ」

 子供はたじろいだが手に握った、
 私の出したキャラメルの一凾を。

 すこし行って私は振り返った。
 子供のそばには母親が立っていた。
 二人してこっちを見ながら、
 母親は頭の手拭をはずして御辞儀をした。

 私も遠くから首をかしげて挨拶しながら、
 其処に、彼らの畑のまんなかに、
 上州の小梨の大木が一本、
 さかんな初夏の光に酔って、
 まっしろな花をつけているのに気がついた。

 

 

 

目次へ 

 

 神津牧場

 牧場管理人のいかめしい顔のまんなかで、
 大きな髭が好人物だ。
 おれはバター製造所の建物にいた。
 今日も一日快晴らしい五月の太陽が
 まだ妙義のむこうではにかんでいる時刻に。

 バドミントンスタイルの牛酪掛の老人は、
 気の若い、名人の酒好きらしい。
 おれは一目で「ゴリウォークのケイクウォーク」を思い出す。
 むっとする乳の香に子供部屋の空気がある。
 黒板に粉こなっぽい英語の走り書、
 卓の空壜にしおらしく桜草……

 錫の分離器が夢みるように歌い出す。
 航空母艦の煙突を想わせる平たい管から
 米の磨水とぎみずみたいな脱脂乳がしゃあしゃあ出る。
 ほそい管からは一割の濃厚クリームが
 ありがたそうにとろとろ滴たる。
 そいつを重たくコップヘ受けて、
 藤紫の赤久繩あかくなや稲含いなぶくみの山を半眼に見ながら
 子供心になって飲んでいると、
 そばから管理人が得意らしく「どうです!」と言った。

 

 

目次へ 

 

 前橋市遠望

 山のスカイラインの永遠の上に、
 いつしか消える白い飛雲とびくも
 晴れになる日の暑いさかんな桑畑のみどりの海。
 その波うちの遥かむこうで、
 まっぴるまの空へあがる数知れぬ煙の房に
 それとわかる機業地の都会のひろがり。
 汽車はなつかしい友らの国を走りに走る。
 群馬総社の青嵐は赤城へなびき、
 利根の大河が往手にがっくり
 焼石いろの断崖の口をあけている。

 

 

目次へ

 

 猪 茸

 上州利根郡の山奥から、
 わずか一枚の写真の礼にと、
 古い菓子箱に詰めてよこした小包の猪茸ししたけ
 武蔵野は鷺がとぶ秋晴の昼の茶漬に、
 噛みしめよ、その心づくし、猪茸の味。
 たくましく、革めいて、
 密林の、野獣の、苔のにおい、
 又あの人々の生活のように鹹しおはゆい、
 附焼の革茸かわたけの猪茸の味。

 

 

 

目次へ

 

 夕べの泉
       (Hermann Hesse gewidmet)

 君から飲む、
 ほのぐらい山の泉よ、
 こんこんと湧きこぼれて
 滑かな苔むす岩を洗うものよ。

 存分な仕事の一日のあとで、
 わたしは身をまげて荒い渇望の唇を君につける、
 天心の深さを沈めた君の夕暮の水に、
 その透徹した、廿美な、れいろうの水に。

 君のさわやかな満溢と流動との上には
 嵐のあとの青ざめた金色こんじきの平和がある。
 神の休戦の夕べの旗が一すじ、
 とおく薔薇いろの峯から峯へ流れている。

 千百の予感が、日の終りには
 ことに君の胸を高まらせる。
 その湧きあまる思想の歌をひびかせながら、
 君は青みわたる夜の幽暗におのれを与える。
 君から飲む、
 あすの曙光をはらむ甘やかな夕べの泉よ。
 その懐妊と分娩との豊かな生の脈動を
 暗く涼しい苔にひざまづいて干すようにわたしは飲む。

 

 

 

目次へ

 

 若い白樺

 朝のあおい空気に濡れて
 鞭のような枝がゆれている。
 その葉は柔かく、樹液に重いが、
 愛の小鳥が埋もれて嘆くほど
 そんなに密に成熟してはいない。

 周囲の酔わせるような春の息づかいを
 素朴に白く卓立して、
 鈴蘭や桜草の艶あでやかなしとねから、
 雪のひかる峻厳な山嶽に接している。

 

 

 

目次へ

 

 アルペンフロラ

 槍に、白馬に、乗鞍に、八ガ岳に、
 ユングフラウに、モンブランに、モンテローザに
 霧を呑み、風に鞣めされ、日光を食い、
 星よりも清純な高嶺たかねの花が
 千年の岩の斜面をちりばめている。
 あけぼのが裂ける碧落の下、
 壮烈に赤い開闢の日の出に、
 うれしげな瞼まぶたをあける花らがある。
 宇宙の波が岩角を洗う地殼の絶巓、
 藍青と雪白との永遠の境涯に、
 孤高を守ってしかもういういしい彼らは住む。
 宝玉や面紗の花を開きまた散らす内面の規律、
 人外境の自然を感じる本能の飛躍、
 あの高層の精神圏で
 絶美な調和にあずかって生きる者らがある。

 凛々たるアルペンフロラ!
 世に狎れしたしみ、
 たやすく己れを与え去ろうとする時、
 自己内心の最も貴きものを護るため
 わたしの見る清らかなヴィジョンはこれだ。

 

 

 

目次へ

 

 西北風 

 さあ、いよいよ西北風にしきただ。
 武州平野へ飛びだして来た秩父の風。
 遠山とおやまの紺の地肌へくっきりと銀の筋彫りをし、
 ぴゅうっと吹き晴れた空の四方を青じろく腐蝕させ、
 西多摩、北多摩、豊多摩、南多摩、
 十月の日照りさざめく四つの郡こおりを、
 ああ飛び廻りうろつき廻る風のいななき!

 どこへ往っても類の無い、
 がらんとして、強く、単純で、
 そのくせ不思議に絢爛な
 この武蔵野の天然を見てまわろう。
 甲州街道で牛と歩こう、
 五日市街道で落葉を浴びよう、
 牟礼むれの三角点で赤城、白根を見はるかそう。
 午前八時の書斎でちらちら躍る日光はたのしいが
 全身の毛孔へ吹きこんで魂にとどろく
 この埃ほこり臭くない、卑俗でない、
 高い、澄みきった、今日のすばらしい西北風に、
 どっぷりと浸かって来よう、酔って来よう。

 

 

 

目次へ

 

 積雲の歌

 とおい幼年のはてしに雲はならぶ。
 夏の真昼の、愛に重たい乳のみなぎり、
 みちたりて落ちる眠りに涼しくかろく触れたのは、
 唇であったか、或いは楡にれの若葉であったか。
 夢にすべての子供らは、
 母の移り香する髪の毛を誇らしく振り立てて、
 暑いひろがりの中に漠々と白く甘やかな未来を狩った。

 母は男性の子の眼にけだかく、若く、美しく、
 あこがれの、愛の、おそらくは不滅の恋人、
 その胸はいつも馥郁ふくいくと清涼な影の国。
 緑の天にはろばろと積雲のまろぶを見れば、
 ああ、母というそのたぐいなき存在の、
 愛に打たれる鉄砧てってんの、
 かの大いなる夏の日の悲しくも慕わしい姿をおもう。

 

 

 

目次へ

 

 夏 野

 晴れやかに熱い大気の波をこえて、
 麦の穂十里の成熟の歌をこえて、
 風がいろどる地平のはてに
 金剛石いろにかすむ夏の山々、
 太陽に鋳られた「永遠」の造形よ!

 めしいたような光の路ばた、
 震動する熱気に浮かんで、
 底なしの寂寥に白日の夢をえがく
 ひるがおの花の群衆よ!

 生活への深い酔いにも爛々と目はめざめ、
 事物窮極の虚無を正視して怖れず、堕ちず、
 ああ、
 昔アッシジにつどった兄弟たちの、
 繩を帯おびする峻厳な、たのしい索朴……

 野中の樫にさつさつの響きがある。

     

 

 

 

目次へ

 

 秋

 父よ、秋です。朝です。
 あたらしい日光です。
 山々がなんとまじめに、物思わしげに横たわり、
 木々がなんと単純に落葉おちばしていることでしょう。

 旅びとの川が遠くから今朝着きました。
 椋鳥の一群が今日はじめて野に散りました。
 まるい、明るい、粟あわの穂が
 老いたる者のたなごころの上で鳴ります。
 雁来紅の赤い、村落の見える風景から、
 あなたの青空の雲を追いやらないで下さい。

 すべての到着したものは此処に滞在し、
 古くから在るものはいよいよ処を得るでしょう
 豊かな形象にそれぞれ秩序の陰影をあたえ、
 もっとも貧しい者をも
 「在ること」の偉大で鼓舞して下さい。

 わたしも今日は遠く行かず、
 家をいで、立ちどまり、やがて帰り、
 つねに周囲の空間を身に感じ、
 深く目ざめて世界と共にあるでしょう。

 

 

 

目次へ

 

 初冬に

 初冬の朝の金いろの光が
 山茶花さざんかの冷めたい花びらをきらびやかにする。
 空は多くの昔のように青い。
 すべての形象は無数のきのうを謎のようにして、
 今朝はあらゆる物が不意の客の心である。

 季節が新らしくした明るい樹々や鳥の声、
 わたしは自分が単純な
 この世の形象のひとつである事をよろこぶ。
 すべてがわたしに近く、みな秀抜に見える。
 そしてわたしに近いものがわたしから遠ざかる時、
 それはますます美しい。

 自然よ、
 風と光のあなたの無限の広がりの中で、
 いつもあなたの方を向いている者としてわたしは生きよう。
 わたしはもはや所有の欲望をやめて、
 加わり、知り、うちくだかれ、ちりばめられ、
 内から輝くあなたの分身のひとつとして
 あなたの中に深くめざめる。

 

 

 

 

目次へ

 

 覚めている貧

 それがいつでも傲慢な顔のうしろになるので、
 時めく人々にはそれが見えない。
 ほんとうは、彼らが
 それを知る時はついに無いだろう、
 冬のたそがれの厨くりやの下婢が
 思い上った主人たちや、
 たべ飽きたその子供らには知られないように。

 まじめに、悲しいほどに
 それは晴れて、
 遠くの水のように光って、
 花も離々とした平野の

 無窮のひろがりと交通している。

 

 

 

目次へ

 

 セガンティーニ
         (その画「春の牧場」に)

 それで画家は、いま一度
 彼の魂の永遠の休み場をここに見出す、
 もう生の矛盾も死の苦痛もなく、
 一切が神の秩序の中で笑っている自然を。

 太古からのように、また今始められたように、
 牛も山も、空も牧場も、そこに在る、
 おだやかに、まじめに、皆よく似て、
 同じ母なる要素から生れて来たものらしく。

 山上の春の大きな寂寞のなかで、
 うたうような色彩は
 雪消の水の浅黄がかった真珠いろに
 涼しく爽かに、もう古くおちついている。
 牧場の起伏も、牛の背も、空の弓形も、山頂も、
 たのしい忘却の線によこたわる。

 はじまる朝も終る夕べもなくなって、  
 これが彼の真昼だ、本当のふるさとだ。
 彼はもうどんな「帰郷」も描かないだろう。
 忍苦の思い出に悲しくけだかく微笑して、

 今やこの高所の太陽に眠ることができる。

 

 

 

 

目次へ

 

 雲

 雲がはるかに、群れ、浮いている、
 空のとおい、青い地に、
 かげをもつ白い家々や、尖塔が。

 雲の変化はつねに短音階モルだ。
 おもいだす今は亡い人の、
 その折々の姿や顔を
 忘れはしないが描けないのと
 同じように、遠く軟かに、見る間に変る。

 この世でのつながりを欲しいが、
 つかむには鏡の奥の物のようで、
 打明けの相手としては
 すでに天上的に半調色だ。

 ウンブリアの夏のようなものが想われる。
 むかし聖フランシスの「小さき花」に
 挾んでおいた一輪のおだまきも、

 ちょうどあのように枯れ、褪せた。

 

 

 

目次へ

 

 下 山

 征服したというのか。
 だが、こんにち以後、
 お前のどんな誇りの中に
 彼女が住むかを誰が知ろう。

 おののき打たれて、確かに愛する暇もなく、
 わずか半時を佇んで忽ちする下山は、
 厖大な夢に追われたひた降りの下降だ。

 何か最も重大な一事の
 果たされなかった気がするが、
 その一事こそ、
 生命を与えるほど愛する事ではなかったのか。

 ああ、高く高く、夕日のなか、
 彼女自身をさえ今はけだかく凌ぐように、
 美しい山がどんな思いに昂然とするのだろう。

 遠く、貧しく、人里の
 ちいさい夜に下り立って、
 心はホーマーの墓からの薔薇のようだ。

 

 

 

 

目次へ

 

 大いなる夏

 路は登るにつれて暗い伊吹麝香草の淡紅うすべにになった。
 その花の塩からい匂いが空気を一層するどくした。
 小石にあたる杖の明るい響きと共に、
 金色こんじきの甲斐や信濃の風景が右に左に現れた。

 友の指さす指の先で峠はあんなに高かった。
 小手をかざすと天空と眉とのあいだ、
 大気の青に巻かれてひとつの大きな爆裂火口の
 むざんにそげた赤い傷口が遥かに見えた。

 とある平たいらでわたし達は腰をおろした。
 隔絶を歌う風がひろびろと四方に起こった。
 遠く奥秩父は黒雲にとざされて、
 あかがねの電光が哀れな村々を引き裂いていた。

 

 

 

目次へ

 

 八ガ岳横岳

 もうそこに這松の手掛りは絶えた。
 ただ刃物のような岩の背つづきの痩尾根を、
 雲も吹きわかれる空の宙宇で、
 表に攀じ、裏にからんで渡るのだった。

 今や生命と同じ名になった重心が
 ひたすらの頼みとするのは鎖よりも
 やはり越えねばならぬその岩である。

 遠く夏の天を刻んでいる連山から、
 下の方で正午に燃える平野から、
 見れば見られる峯頭一点の我だった。

 その想像は一瞬の眩暈に値した。
 だが必死の時に他人の見地から
 おのれを見る余裕はたちまち失せた。
 すべての虚栄心ヴァニテはそこに死に、
 旅嚢も意識にのぼる重荷ではなかった。

 ただ眼に焼きつくのは眼前や脚下の岩角、
 火焔のような赤岳の上半身、
 また夢にも見るべき空の青と、
 その無限の深さとであった。

 

 

 

 

目次へ

 

 輪鋒菊

 あのそよぎ立つ荒寥の比類ない美しさ!
 夕立過ぎた青風あおかぜに身を研ぎほそる八方の山々、
 人は或る巡かなものを白峯北岳しらねきただけと呼び、
 いとも遠いひとつのものを乗鞍と指さした。

 火山高原のごろごろ岩をいろどって咲け輪鋒菊りんぽうぎく
 ああ遂にわれわれが沈黙した五干尺の曠野で
 やがて来る白い秋雨あきさめにちりぢりには砕けるとも、
 その淡あわい紫を岩が根に染めつけて死ね輪鋒菊。

 

 

 

目次へ

 

 星空の下を

 船はほのぐらい凪なぎの夜の海上を
 らんかんたる銀河にそって南へくだる。
 宝石の砂礫を蹴るような、あきらかな、
 こまかい水のひびきが吃水線をたえず走る。

 後甲板で誰かが歌っているナポリターナ、
 その歌ごえが物の死滅性モルタリテをおもい出させる。
 それは端厳非情の海と夜とに甘えかかる、
 それは薄青い無限にむかって紅玉の愁いを投げる。

 風よ! 風は魅するような南酉の微風、
 黒檀と銀との無窮をそれは濡らす。
 大地からのへだたり、未知への航海、
 こころは一瞬間秋の田園のげむりを思う。

 船橋のまうえ、天の琴と鷲とのあいだで、
 マストの頂きがかすかに揺れる。
 船のゆくて、銀河が滝となって落ちこむ奥に、
 飛沫のような「南のかんむりコロナアウストラリス」が隠顕する。

 

 

 

目次へ

 

 朝の速記

 わずかの間だがぐっすり眠った。
 相客はまだ昨夜の毛布をかぶっている。

 海上は夜あけが早い、
 船室のすべての白い物に薄青い影がある。

 毛布から銀行家型の禿頭がぬっと出る。
 それが訊く、「もう室戸は廻りましたかな」

 洗面所では顔じゅう泡にして鬚を剃った。
 舷窓のそとは紺地に金の屏風絵だ。

 白麻の服にすがすがとして甲板に立つ。
 薄れかかった月と木星とが大煙突の上で横揺ローリングしている。

 さえぎるものもない太平洋の水と風、
 今日は陸おかでも立秋だ。両切のうまさ!

 もう船じゅうが朝の作業を始めている。
 海員のやる事は規律があっててきぱきしている。

 四国山脈の雲を破ってらんらんたる朝日が出た。
 その烈しいまばゆさに一切過去が薄くなる。

 食堂へ出たら船長さんが慇懃に接待した。
 むこう側のお嬢さんが大ぎれのハムを四つに畳んで頬ばった。

 もうあと一時間。前途に待つものは何か知らぬが、
 受けるものは皆味わって何一つ無駄にはしないつもりだ。

 

 

 

目次へ

 

 山村にて

 甘やかな、ほんのり赤い五月の夕日が
 この山ふところの村落を、新緑に重い風景を、
 瞬間の希有な光で浸している。

 夜に入る前に最後の娘が汲みに来る
 高い、澄んだ井戸の水音。
 昼間わたしが見た
 石段を降りてゆく其の井戸のあたりには、
 すでに夜の影がさまよっていることだろう。
 多くの岩やきりぎしに谺こだまするその音が
 この山村の迫った深さを思わせる。

 人が其処から汲みあげる平和、
 人が水桶へあける限りない涼しさ。
 あの井戸の近く、大きい柿の木の下で、
 或る年の夏を暮らすべき自分を私は夢想する。

 其の時、一冊のゲーテ、一冊のヘッセと共に、
 わたしは人生の最上のものを知るだろう。
 山と、青葉と、空と、星、
 自然と人間とに最も強く結びついた単純な生活の
 つきぬ豊かさから学ぶだろう。

 黒びかりする柱を照らす吊ランプ、
 たそがれの厨で物を煮る香。
 あすは立ってゆく此の山間の古い家を
 わたしは遠い昔から知っている気がする。

 

 

 

目次へ

 

 山麓の町

 田舎町の小さな停車場を出ると、
 往来の向うにずらり、
 口元秩父の連山の壁だ。
 武甲山の鉄兜にはまだ朝の爽かな影がある。
 鳥首の頭がほんのり薔薇いろに染まっている。
 日を浴びた笠山は
 あおあおとした天に吸わせる巨大な乳房だ。

 岩石学的で地質学的な町、
 朝の山々を背負った此の明潔な町では、
 物の釣り合いがすべて小さく見え、
 存在が無機物のようにかっちりしている。
 空気でさえ切れば切れそうだ。
 そよふく風にも稜かどがある。
 山の硬度を誰がはかる。
 荒い柘榴石色の、くすんだ辰砂色の
 山のあの露出部、
 あれが風のつけた擦痕だ。

 今朝がまるで学生時代を想わせるから、
 この見知らぬ町が実に純に、実に平和に
 その小さい生活を楽んで始めているから、
 軒下の流れで朝の食器を洗っている一人の娘に、
 五万分の一の地図をひろげて、
 人間同志の心安さで僕は路を相談する。
 娘はスペクトルの滴る両手をエプロンで拭いた。

 それから帽子をかぶり直し、
 ルックサックの留金をもう一孔ひとあなつめて、
 柄長えながの群れる爪先上りの町はずれから、
 たちまち風が歌う祝別の歌に包まれながら、
 あの山々の中に燦然と砕かれた自分を見出そうと、
 僕は行く。

 

 

 

 

目次へ

 

 日 川にっかわ

 四日の旅路が終ろうとして
 影はほのぼのと草の上を帰る。
 笹子の山をはなれた黄金おうごんの満月に
 たそがれの谷は崩れる花のようだ。

 さしのぼる月、帰る人あって、
 いよいよ目覚める春の渓流。
 水は岩のあいだで夜の歌を高め。
 一羽の梟ふくろう、婆娑ばさとして谷間を縫う。

 

 

 

 

目次へ

 

 甲斐の秋の夜

 さわやかにひろびろとした一日が暮れて、
 河原や扇状地に黒い風がさまよいはじめる。
 周囲の山々が砦とりでのように高くなり、
 わずかにあかるい夕空の向うへ
 昼間の隣国が遠のいて行く。

 盆地には、うすら寒い
 しろい霧がとめどもなく流れて、
 竜王りゅうおうや石和いさわなどという町が
 うかび上って寄添いたそうに、
 甲府の方へまたたいている。

 もっと遠い勝沼や韮崎は
 自分で自分を照らしながら、附近の村々を
 その明りで元気づけてやらなければなるまい。

 こんな夜には葡萄がいよいよ甘くなり、
 北方の山奥のさびしい谷間で
 まだ埋まっている水晶たちが歌うだろう、
 すべてがそれぞれ結ばれ合おうとする

 甲斐の国の秋の夜をこめて。

 

 

 

目次へ

 

 山中地溝帯さんちゅうちこうたい

 ゆたかな秋がすべての峯々を黄に赤に照らしている。
 陰はいちはやい冬の紫だが、
 しずかにこぼれる朝の太陽の光をうけて、
 今年最後の花は谷間の霜に傲っている。

 わたしの見る古生層の山々よ、
 渓谷に沿ってわたしの行く白堊紀層の路よ、
 丘の斜面にかかる平和な村々よ、
 今朝わたしはお前たちから優しく迎えられる客だ。

 わたしは感謝する。だがお前たちの主人は
 真にお前たちをたのしむほど幸福でいるか。
 けだし彼らの苦痛を思わずに、それを免れるわれわれが、
 彼らの土地の美をわたくしする事はできない。

 わたしは悲しむ、われわれの自然への讃美の歌が
 つねにまったく純粋ではあり得ない事を、
 此の世の生活に不公正の存在するかぎり、
 天地山水の均衡も時に大いなるまぼろしに過ぎない事を。

 

 

 

目次へ

 

 金峯山きんぷさんの思い出

 金泉湯きんせんとうの若いおかみさんは
 どこか艶だがりんとしていたな。
 金山かなやまではぴかぴか稲光りの飛ぶなかで
 雨傘さして鉄砲風呂へはいったな。
 きれいな翌朝
 外厠そとごうかを栗毛の牝馬がのぞきに来たな。
 瑞牆みずがきてっぺんの岩登りに山案内の干代一が
 四十を越したでおら止めだとかぶりを振ったな。
 それにしても朝日のさしこむ本谷川ほんたにがわ
 あの噎むせかえるような新緑を思い出すな。
 ひっそり藤の咲く桂平かつらだいらの岩へとまって
 川鴉がヴィッ・ヴィッと鳴いていたな。
 松平牧場のちらちらする白樺のあいだから
 ぽうとかすんだ雲母刷きららずりの空の奥に
 八ガ岳がまるで薄青い夢だったな。
 富士見平で富士を見ながら水を飲んだな。
 そうしかんばのそばに湧く
 つめたいきれいな水だったな。
 大日小屋でくさやの干物を焼いていると
 あたまの上でほととぎすが鳴いたな。
 長い陰気な横八町縦八町の登りだったな。
 尾根へ出たら目が覚めたようで、
 筒ぬけの空にくらっとしたな。
 もう其処では暑さと寒さとが縞になっていたな。
 真白な岩稜づたいの砂払いから児の吹上、
 けさ国師の小屋を立って来たという
 四人連れの一行にひょっこり遭ったな。
 それからとうとうてっぺんだったな。
 天のほうが近かったな。
 二人きりだったな。
 なんだか人間をもう一皮脱ぎたいような気がしたな。
 とにかく胸をはだけて涼しい大きな谷風に
 汗みずくのシャツを帆のように脹らませたな。
 シャツがはたはたと鳴ったな。
 だが髪の毛が逆立ったのは
 風のせいばかりでもなかったな。
 それから五丈石の下へうずくまって
 ハンケチの端で珈琲を濾こしたな。
 思い出せば何もかもたのしいな。
 その六月がまた来るな。
 だがなかなか山へ行くどころの騒ぎではないな。
 千代一もとても食っては行けないといっていたな。
 東京に伜せがれの人足の口は無いかと訊いていたな。

 

 

 

目次へ

 

 志賀高原

 小屋の裾まわりだけよごれて痩せた積雪を
 つららの雫が精出して掘りくぼめている。
 生活への帰順か礼讃かのように
 細い煙突から琥珀いろの煙がむくむく上る。
 冴えた青空にはまばゆい雪、
 太陽はそこらじゅうで樹々の重荷を崩している。
 ときどきぱっと飛び立って、
 光にかすむぶなの小枝のデッサンに
 鮮やかな玉と凝る花𨿸あとり、日雀ひがらの小鳥のむれ。

 輪かんじきに厚い雪を踏みしめながら、
 行けば行くほど奥へ奥へと紫になる林の中で、
 決然と生活の転機に想い到った私だったが……

 此の世のほだし解くに由なく、
 今宵旧套の煖炉の前に頭を垂れ、手を組んで、
 世にも無雑で玲瓏なあの世界を
 ただ永久の憧れとして遠く空しく心に描く。

   

 

 

目次へ

 

 秩父の早春

 森林や谷間にはまだぎっしりと雪がつまっているが、
 ほんのり緑をさした鋼いろの空の遠方では、
 早い春の試みのような、薄命の、
 おさない雲が浮かんではまた消える。

 時の輪廻りんねの重い輪の下におしだまって
 待つのは、自然ばかりか、人間も同じだ。
 凍結の一夜が明けると束の間の日光がいう、
 落胆するな、お前の時はじきに来る、と。

 その太陽もやがて烈風のなかに傾けば、
 樺の林は奥ふかく、くらく、悲しく燃え上がり、
 りんりんと紫にこおりはじめる夕暮を、
 人はいよいよ頑かたくなの戸をとざす。

 しかし今日は何という慈みの色が
 峯つづきの空から空へ流れていることだろう。
 とおく二つの国をよぎる此の河の下流から
 何という春の息吹きが上って来ることだろう。

 

 

 

目次へ

 

 飯綱高原

 若い太陽、吹くとしもない宇宙の風、
 大きな春が今いちど山々へ帰って来た。
 今いちど遠い山脈は残雪にかがやき、
 今いちど近くの唐松は新緑にけむって、
 その甘い匂いに空気をかおらせる。

 ああ、高原よ、
 花ざかりの蓮華躑躅や棠梨ずみの藪で
 涼しくきよらかにあおじが歌う。
 冬の曇りの拭われた空の手鏡、
 つめたい池の上を鴛鴦おしどりがすべる。
 膝の上に腕を立て、頤を支えて眺めれば、
 きょう飯綱も戸隠もあおあお晴れて、
 裾花の谷はきらきらと麗らかな春霞、
 その霞の底の山桜や鶯や、民家や街道への想像が、
 春の真昼の夢の世界で私を人生へ結びつける。

 ああ雪にかがやく遠い壮麗な山脈よ、
 ああ五月の春に酔う高原や谷々よ、
 やがて来るおんみらとの別れの予感が、
 此の宇宙の調和の前でひとしお哀愁をそそる時、
 私を抱きしめて瞬間の受用に溺れしめよ!

 

 

 

 

目次へ

 

 和田峠東餅屋風景

 唐沢からさわ、男女倉口おめくらぐち、接待せったいと、
 さみだれに濡れておもたい新緑の山みちを
 論理的に、ぎりぎりに、
 ねじ上つて来た大型バスがゆらり停まった東餅屋ひがしもちやの茶店前、
 ふらふらと出てゆく乗合いの客のあとから、
 「御苦労」と撫でてやりたい車を下りれば、
 あたりは変にあかるく、暖かく、
 此処は未だ芽立ちのままの樹々の梢に霧の襤褸らんるがからまっている。
 パイプ片手に其処らをあるけば、
 しんみりとした旅の心も何とはなしに花やいで、
 ほのぼおのけむる小雨のなか、
 黒耀石のかけらをあさる。
 長途の旅の峠うえでの此の一休みが
 みんなの気持をなごませ結び合せたのか、
 茶店のあたり賑やかな笑いや話しごえが起っている。
 湯気を立てて出発を待つ忠実な車に親愛の眼を注ぎながら、
 貝殼ほどの石をいくつか握って茶店へはいれば、
 赤い腕章つけた美男の車掌が愛想よく
 「お客様、熱いのを一杯いかがです」と、
 山中の共同生活を思わせて、
 同僚へのように茶碗つかんですすめるのだった。

 

 

 

目次へ 

 

 天上沢

 みすず刈る信濃の国のおおいなる夏、
 山々のたたずまい、谷々の姿もとに変らず。
 安曇野に雲立ちたぎり、槍穂高日は照り曇り、
 砂に這う這松、岩にさえずる岩雲雀、
 さてはおりおりの言葉すくなき登山者など、
 ものなべて昔におなじ空のもと、
 燕つばくろより西岳へのこごしきほとり、
 案内の若者立たせ、老人ひとり、
 追憶がまぶた濡らした水にうかんで
 天上てんじょうの千筋の雪の彷彿たるを見つめていた。

 

 

 

目次へ

 

 信州追分

 傍本陣の油屋が焼けたそうだ。
 よく夏の日ざかりに、あの明け放しの、
 何もかも黒光りのする涼しい広間で、
 逗留の学生たちが膳をならべて食事をしているのが、
 前を走る中仙道から見通しに見えたものだったが。
 それに本陣の亮一さんも死んでしまった。
 蟬時雨の降るような、緑もくらいあの病室で、
 家運挽回の希望だの牧水の話だのを聴いていると、
 遠く信越本線が睡くなるような旅の轣轆れきろくを歌って過ぎたものだったが……
 こうして懐かしい追分もだんだん俺から離れて行く。

 

 

 

目次へ

 

 雪消の頃

 清いものとして薄れゆく
 おもいでのように、いつか輪郭も
 透明になった雪のまだら。

 身にしみるほどまじめで、
 静かに万物をときはなつ
 高原の五月の太陽よ。

 ながい隠忍のはしばみ
 白樺のかなたの空を雲がながれ、
 風は自由と漂泊とを歌って通る。

 雪消ゆきげの水の青と銀との糸すじに
 うるおされた土からは、
 山の早春を吐く水芭蕉の花。

 自然はまだどこか淋しいが、
 すでに清新の気に満ちみちた風景をとよもして
 おおるりの歌が喨々とひびく。

 そして、もう人が居るのか、あの小屋から
 今昇りはじめた柔かな白けむり。
 あれこそ山の春の消息だ。

 

 

 

 

目次へ

 

 高原の晩夏に寄せる歌
           「山」終刊号のために

 正午に燻いぶる火山高原の草にまぎれて、
 ちまたへくだる人々の姿は消えた。
 もはや新らしく訪れる客の影はない。
 ああ、老いたる八月、
 豊かに錆びた夏のおわりよ!
 ふたたび帰る静けさと世界からの隔たりとに、
 まだ思い出の薄青い空、
 まだぬくもりの去らぬ岩。
 しかし風は醒め、霧はながれ、
 この大いなる広がりのいたるところ、
 凋落の甘やかな匂いにまじって
 すでに九月の嵐がさまよう。
 すでに粛殺の秋がひびく。

 方解石いろの雲の下、
 一様に黄ばむ高原の果てしに
 たてがみ上げて嘶いななく馬を見に行こうか。
 雨にくだけた風露草が
 赤い花びらを印いんした岩を踏んで、
 或る朝の西風に捲かれながら
 あこがれの遠方にむかって旅立とうか。
 わが夏とその蕩尽とうじんとは美しかった。
 今、晩夏の四周は花々の悔なき死。
 倏忽しゅくこつに消える無常の美を
 母らしい腕に抱きとる永遠はかしこにある。
 さらば愛惜をなげうって此の山小屋を掃き清め、
 闌干らんかんとのぼる秋の星夜を大きな窓へ呼び入れよう。

  

 

 

目次へ 

        


   尾崎喜八・詩集トップに戻る / 「詩人 尾崎喜八」トップページに戻る