詩集「組長詩篇」 (昭和十八年)
※ 他の場所にすでにアップロードしている作品はここでは省略し、この詩集にのみ掲載されて
いる詩および巻末の後記のみといたしました。(サイト管理人)
慰問畫 |
内原の朝 |
此の糧 |
若い下婢 |
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新たなる暦 |
登山服 |
三粒の卵 |
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窓前臨書 |
父の名 |
若き應召者に |
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隣組菜園 |
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雪の峠路 |
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巻末に |
風かぜの日ひ
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旅たびにて トンネルを出でれば伯耆はうきの國くに、
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豐とよのみのり ——(寫眞に添へて)——
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遠 足えんそく 僕等ぼくら五十人にん照てりわたる秋あきの一日ひとひの陽ひを浴あびて、 新田につた義貞よしさだ忠誠ちゆうせいの盟ちかひの跡あとの誓詞橋せいじばしに、 片側かたがはに南面なんめんの家並いえなみつづく秩父根通ちちぶねどほり。 僕等ぼくら終日しゆうじつ秋あきの太陽たいやうと青空あをぞらとに恵めぐまれ、 -(中島飛行機徒歩團と共に)-
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我われらの答こたへ 燒やけば幾いくらでも出來できると思おもふか知しれないが
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我わが祈いのり 粗大そだいなりとも敵てきは頑強ぐわんきやう、
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誓ちかひの日ひ 途方とはうもない大おほきな朝あさがからりと明あけて、
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わが心こゝろつねに鬪たゝかひにあり わが心こゝろは常つねに鬪たゝかひにあり。 わが生活せいくわつよ、 わが鬪たゝかふは敵てきにして、 ああ、心こゝろよ。
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巻末に 茲に収めた二十篇のうち、「此の糧」以下八篇は同じ名の詩集から再錄のもの、殘る前後十一篇は一度新聞・雜誌・ラジオ等を通じて發表されたが、本に纏められるのは是が初めての作品である。 机の上の一塊の花崗岩。長い長い地質時代を通じで高熱に熔解し、徐ろに冷却して形をなした深成岩。其の成分である黒雲母、石英、叉種種の長石類のやうな鑛物の結晶が、私に隣組の成員をおもはせる。此等の造岩鑛物は、それぞれ化學的成分も異にすれば、色も形もおのおの違ふ。しかもすべてが機縁あって一個所に集まり、加熱と冷却との試練を經て、茲に美しい調和の石理を現したのである。 曾て「私の詩」といふ作品の中で、次のやうな一聯を私は書いた。それは大正年代の作ではあるが、今名私の願ひである事に變りはない。ただ、今では、此の「詩」といふ言葉にもつと廣い内容を與へたいと、ひそかに自分では思つてゐる。 昭和十八年一月三十一日誕生日 尾 崎 喜 八
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