詩集「曠野の火」 (昭和二年) 

小作人の墓銘

曵船の舵手

老教授

ひとり者の最後の春

大 根

冬の林

私の古い長靴

春を待つ間

久 濶

天然の一日

初夏の小屋

平戸島への消息

西 瓜

老いたる樫

小 鳥

積乱雲

秋の歌

朝の半時間

かがやく稲田

夜あけの嵐

兜 虫

甲州街道の牛

冬の蠅

朝の甲州街道

土と落葉と水溜まり

私のかわゆい白頭巾

夕暮の歌

精神的寂静

クリスマス

青い鳥

故郷にて

 

 小作人の墓銘

 醜悪なのはその顔貌、
 無愛想なのはその天性、
 十二月の榛はんの刈株のように
 狷介けんかいで不平家だったこの小男は、
 秋のまっぴるま、独酌のさなかに
 その魂を神様へ返上して、
 小作と酒との五十年の
 むっつりした一生を終ったのだ。

 彼がぴょっこり死んだ時
 そばにはだれも居なかった。
 そのまぬけな死にざまを怒鳴りつけて
 それからわいわい泣くべきかみさんも
 とうの昔にあの世へ行って
 黄楊つげの木の下のしょんぼりした墓。
 とつぜんの心臓麻輝が彼を縮みあがらせた時
 その臨終を見ていたのは
 丹青の懸崖の菊と、三本目の徳利ばかり、
 畑は遠く麦播きで賑わっていた。

 しかし彼がこの世で生きていた日、
 なんという豪勢な春夏の太陽が  
 この小作人の孤独の労働を荘厳したか!
 またかがやく鍬を大地に突いて
 頑迷な片手のこぶしで手鼻をかむ時、
 うまれ故郷の武蔵野のこがらしが、
 人こそ知らね、なんという烈しさで
 なじみの冬を彼に歌って聴かせたか!
 畠は彼の王国で、勘定日はその祭日、
 そして薄暗い居酒屋の片隅は
 ずぶろくぐでんに酔いつぶれた
 彼の黙禱の席だった。

 その大酒おおざけは田畑でんぱたを人手にわたしたが
 おなじ大酒が彼を天国へ帰らせた。
 あの星かげするどい蹣跚まんさんの夜道が
 天上のどの門へ通じるかは彼の知っていた事なのだ。

                    (村の彦さんの思い出に)

 

 

 

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 曳船の舵手

 投げわたされた渡船の綱の
 腕よりも太いのを支柱にひっかけ、
 悠然と舵輪をにぎって
 ゴーヘー。
 たちまち渦まく推進機と、船尾に泡だつ水の沸騰。
 そして一息ぐんと船が出れば、
 傾きながら半旋回する小蒸気の艫とも
 ああ
 肩幅も豪快な曳船の舵手よ!
 金モール青さびた錨の徽章の
 君の帽子のまびさしに朝日がきらめく。

 壮大な朝の大川のどよもしの中。
 トラファルガーの船らのような近海運送船や
 石炭の積荷に重い達磨だるま船の縦列を横断して、
 水の上の目まぐるしい艀はしけ
 冬をよろこぶ鷗のむれを追いちらしながら、
 うらうらと金色にまどろむタアナーの靄の奥、
 薄むらさきの影絵をぼんやりひろげる
 大小幾十の倉庫や工場にひびきわたれと
 汽笛を鳴らす有明丸、
 その曳船有明丸の舵輪をとって
 船客満載の渡船をひきつれ、
 快活に、平然と、
 しかもすばやい眼をもって、楽々と、
 力づよい流れをよぎって梭おさのように往きかいしながら、
 常にこの岸から彼の岸へと
 人間の運命、人間の希求を、
 運びもたらす君の任務は男のものだ。

 されば我から選んだその仕事に
 自覚と誇りと喜びとを持つ君は、
 ともづなを握るまっかな拳に
 あられの打ちつける冬の日でも、
 また桐油とうゆ合羽がっぱのあたまから
 底ぬけの豪雨を浴びる嵐の夜でも、
 或いは又、いつの日か、夏の真昼、
 むこうの方、ちまたの空に
 どんな時勢の叫喊が湧き上がる時でも、
 その深い信念と権威とから、
 平然と、死もまたおそれず、
 昔ながらのGoゴー Ahead!ヘー を君は号令するだろう。

               (昔の月島かちどきの渡しの船長権さんの思い出に)

 


 

  

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 老教授

 すでに自然は霜がれて遠い冬が帰って来た。
 薄日さす昼前を紅玉ルビーに燃える山茶花と
 けむる枯枝に来て鳴くきよい小鳥とは、
 今はない老教授のやさしい心の余韻である。

 雑司ガ谷の森にその墓をたずねよう。
 野中の小屋の初冬の夜の炉辺のためには、
 書肆万巻の書物のうち
 選んでその遺著一冊を求めよう。

 この敬虔な基督者の魂の上には
 いつも豊麗な希臘ギリシャの空がひらけていた。
 ストアの謹厳と真率とをめぐって
 エピクロスのみやびた崇朴が笑っていた。

 豊かな教養が古いにしえの中にその雅醇を汲んでいた。
 剛正なチュートン、明哲なラテン、
 深くほのぐらい思想の森のかなたでは、
 生活が地中海の空と水とに戯れていた。

 いつも涙をたたえているような眼は
 しかも好意のほほえみを消さず、
 時にするどい譏剌きしの決然たる矢は
 卑陋と無恥とにむかって弦をはなれた。

 その著述はペリクレスの家の饗宴であった。
 たとえ騒然たるこの国で孤独だったとはいえ、
 その欲するや賢哲と巨匠とを
 おのが世界に招き得る人は幸福であった。

 けがれなき脚を持つ鳥のようにこの国におりて、
 最も堅い実を極東の土に彼は落とした。
 その胚珠はここたの実からわけても晩く発芽しながら、
 青やかな遠い春に咲くだろう。

 「我らと共にとどまれ、
 時夕べに及びて日もはや暮れんとす」
 ――この哀切な願いをのべた声々の遠ざかる日、
 ひとり雑司ガ谷の森にその人の墓をたずねよう。

                   (ケーベル博士の記念に)

 

 

 

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 ひとり者の最後の春

 ずいぶん長かった俺の独身生活も
 この田舎に菜の花や
 桃の花の咲く頃までの命となった。
 金がはいればそれがすぐ食物と本に変り、
 金が無ければ少しばかり長い顔をして、
 げんげや芹の田圃路を
 草木瓜くさぼけやたんぽぽの丘へかけて、
 池上いけがみの裏山づたい洗足の池までも、
 それでも元気に、心は明るく、
 バーンズなんか歌いながら歩いたものだ。
 ああ、今となってみれば懐かしい毎日の
 ふしぎな自炊や猫の額ほどの花壇作り。
 抑えがたない不敵な心の若さには、
 ああ、初夏の空がどんなに青く、ひろびろと、
 また貧苦がどんなに瞬間のものに過ぎなかったか!
 時たま村の魚屋から買って来て、
 善い詩の書けた時の祝いにもと、
 七月の風にひるがえる青葉の見える台所で
 そのとげとげの猪首のあたりをぶつりとやる伊勢海老にさえ
 旅をする事のできぬ俺の
 海を想望する満足があった。
 また朝々のおっとりした日射しに、
 時にはリリカルな雪の降りはじめに、
 仕事にかかる前、珈琲をわかして、
 これもまた自分で掃除した座敷での
 レッシングやゲーテの読書。
 広い深い教養で
 けちな自分を
 少しでも高めることが真剣な願望だった。
 ああ、世間人たる事をいさぎよしとしないで
 みずから求めて貧乏だったこの俺にも、
 回想するには充分なほどの
 よろこびと満足と詩とがある。
 俺の過去に悔いはない。
 これらの過去はそこを通って瞬時に消えた
 或る日の雲影でさえ俺のものだ。
 経験のふるさとの森の宝、
 実在の世界での俺のたましい、
 血の中の血、骨の中の髄だ。

 さて愛惜にあまりあるその過去が
 この春こそ絵巻をおさめて俺の独身の歴史をとじる。
 さあ! 忠実な友よ、仲間よ、
 もう一人の俺よ、自我よ!
 この田園が菜の花と桃の花とにふちどられて
 冬が北方の地平線にその姿をかくす時、
 俺たちの世界には一人の清新な客がおとずれ、
 それが違った運命と固有の自我とで
 永く俺たちと合体するのだ。
 俺たちのキーが果たしてどんな新らしい世界をひろげ、
 俺たちのコードがどんな珍らしい音を出すか。
 さあ、寛濶な友よ、(鏡の中の潑溂の顔よ)
 今宵は永い越し方への別れとして、
 オールド・ラング・サインの心から、
 塩豚とブランデー、
 古なじみの机の端で、
 ああ、心ゆくまで傾げようではないか、
 この古い盃をかち合せて、砕いて、
 新らしい盃を
 来たるべき明日あすに挙げるために!

 

 

 

 

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 靄

 まっかな朝日にずらりと立った樹木の列が
 鋼鉄の枝先に火の花を散らし、
 晴れかかる靄もやのなかへ薄青い影をならべる。
 けむる欄間らんま、かすむ柱列、
 その下で三反の苺いちごばたけが
 遠くは明るくぼやけながら、
 露にぬれた緑の葉で
 びっしり土をおさえている。
 家のうしろの桜ばやしの爽かなつめたさよ。
 その中で眼には見えずかすかな声で
 枝うつりしている五六羽の四十雀。
 空気は氷のように燃えながら
 窓にみち、小屋をつつみ、
 ところどころぴかりと光る遠景をひろげて、
 靄の朝のおだやかな美、
 汲めども尽きない。

 

 

 

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 大 根

 金と紫、眼にもまばゆく
 燃えるように氷りついた畑の土から、
 まっしろな肩をぬき、
 矢羽根のような葉を茂らせて、
 お前たち、大根、大根、
 ああ、初冬の朝の畠に
 大根の行列。

 お前たちの熱狂は
 冬なればこそわけても美しい。
 この凛烈な季節の太陽や霜に
 歓喜するのはお前たちの天性、
 万物が枯れほろびる十二月を歩きまわって、
 私はすこしばかり、
 そのはちきれそうな感激を分けてもらうのだ。

 そうして思わず私が立ちどまるのは、
 針よりも鋭く、水晶よりもつめたい小川の水際、
 俵のように着ふくれた農家の女共が
 白い息を吐き、まっかな手をして、
 泥まみれのお前たちを洗っているが、
 後から後から積み上げられるお前たちは、
 遠い太陽のぼんやり光る
 このかんかんに氷った野良なかで、
 私の讃嘆を我が物としながら、
 まっしろな練玉ねりだまの腹や腿を
 大胆に、惜しげもなく、

 霜曇りの空の下で丸出しにしているのだ。   

 

 

 

 

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 冬の林

 薄みどりの下生えと炎いろの枯葉との絨毯から
 噴水のように噴き上げてもつれからむ楢林。
 頭上にのしかかるその無数の枝ばりは、
 まるでゴチックの花型肋骨だ。
 よくざくざくと深い落葉を踏みわけながら、
 この逞ましい力の密集が
 自分の精神にも綯いこまれるのを感じる。
 しかも森閑とした無人の世界は
 その明るさきわまりもなく、
 ちらちら洩れる淡雪あわゆきばれの空は
 朝鮮李朝の白磁よりも温かく、柔かく、
 その遥けさと、その静かさとに、
 この世の生活を忘れて
 無限を生きているのだとよく思う。

 

 

 

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 私の古い長靴

 きさらぎの風が落葉した白い雑木林を吹きわたり、
 太陽の光のにじむ霜ぐもりのヴェイルの奥で、
 あの薄みどりの空が微動している毎日、
 私の古い長靴よ、
 お前は濶然とひらけた野良の風景へ、
 小鳥の歌のかすかな森へ、
 遠く松風の鳴る瑠璃いろの河原へと私をはこぶ。
 霜どけの泥にまみれ、
 れきれきの礫こいしに傷つき、
 色さえ褪せてうらぶれながら、
 お前は私の健康の友、清朗な魂の渝らぬ友だ。
 私の無数の発見はお前との散歩から生まれ、
 私の勇気と信仰とはお前と踏みこむ自然から育まれる。
 忠誠な友よ、私の古い長靴よ、
 人間悲喜劇の映画がとめどもなく旋転する都会の中、
 その頼み難い敷石を踏んで私がおのれを見失わないのは、
 常に豊富で純潔、
 快活で清朗な自然の心の頼もしさを

 たちまちお前が思い出させてくれるからだ。

 

 

 

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 春を待つ間

 正月がすぎて寒がゆるんだのに
 畠はまだ残雪の荒い筆触をのこしている。
 その畠には大麦や小麦がかすかな緑をつづり、
 うす青い、ひろびろとした寂寞の中で、
 毎日、
 つぐみのクェークェーが響く。

 林の中は物語の舞台のようだ。
 ほっそりとした鞣皮いろの木立がいりみだれて、
 奥の方はいつもぼんやりした紫。
 昼間はそこの鹿の子まだらの地面の上に
 珠のような四十雀や華麗な花鶏あとりがおりる。
 けれども、やがて枝枝の間が暗くなり、
 突然の夕日がむこうの木の間で燃え上がると、
 高い梢から雪のかたまりがどさりと落ちて
 可憐な者らの早い眠りを驚かす。

 農家の庭や村路はねばりつくような霜どけ。
 人は下駄の歯に大きな泥の団子をつけて、
 両手をのばし、胸を張り、
 弥次郎兵衛の形をして行きなやむ。
 郵便夫は村の入ロから自転車をかついで
 樫の生垣や梅林の間を
 ぶつぶつ言いながら辿って来るが、
 それも嵩じれば
 とうとう二日三日は足遠になる。

 そうして、誰もかも
 優しい心で待ちわびているのは春だ。
 忘れていたら春はその間に来るだろうか。
 人はゆききの雲の色あいから、
 そよ吹く風のやわらかさから、
 幾度かそれを信じては裏切られた。
 けれども或る夕方、森のかなたに、
 艶あでやかな大きな星がわけても﨟たげに燃える時、
 若い甲斐性の詩人の妻君は
 いつになく遠い物思いにふけりこみ、
 円いおとがいに頬杖ついて花壇の土を見つめながら、
 そこに、
 微風のわたる夕闇の地の上に、
 おびただしい水仙の緑の芽の
 鮮かな春の告知を感じたのである。

 

 

 

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 久 濶

 さあ、とうとう訪ねて来たね、
 それも青空にそよかぜという
 朗らかにも若々しい
 待ちに待たれた春の序曲の朝からさ。
 まずその厚ぼったい冬外套を
 何年久濶の挨拶といっしょに脱がないか。
 ついでにそのしちめんどうな
 ブリュンチェールやサンタヤーナも
 用のなくなった暖炉の上へでも載っけておいて。
 ――さてと。

 ねえ、あの北欧のみぞれ色の空の下まで
 善い運命を追いかけて行った君は
 幸福の青い鳥をみごと手にして帰って来たか。

 学問と女とは君のうちで鎬しのぎをけずった。
 それは竝び立つことができなかった。
 君は悩んだ。
 君は傷つき、よろめいた、
 あの冬と、ガスと、夕日との国で、
 それから、それから……
 まあいい。
 自然は信じて帰って来た者を歓待する!

 ところでどうだ、この小屋は。
 春風の先ぶれがもう窓や軒先を吹いている。
 時間のあゆみがいつも深遠な意味をもって
 この日時計のような一軒家の上を過ぎてゆく。
 何はあれ今日このごろでは
 裏の林で四十雀の夫婦が巣をはじめている。
 小川がセロを弾いている。
 雲がね、方解石のような雲が
 十里もさきを飛んでいる。
 どうだ、ひとつこんな小屋をおったてては。
 ――まあそれもいい。

 まず一杯のモッカで昔のようにくつろいで、
 女房の野菜料理に葡萄酒のシンバルの打ちこまれる昼めしまで、
 君がここで始めたいという学究生活の計画を
 アンダンテ・マ・ノン・トロッポで聴こうじゃないか。

                      (中野秀人に)

  

 

 

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 天然の一日  

 それとあらかじめ思い計らず、
 互いの心のおなじ望み、おなじ淳朴な願いから
 時として私たちは
 清朗な天然の一日を生きる。

 ああその古枝をかざる鮮かな銀と薄みどり、
 花梨かりんの木蔭の朝の水汲みに
 無量の地下水は由旬ゆじゅんかなたの空よりも青い。
 野天厨房の釜の蓋を
 飯はただならぬ歓声で押し上げ、
 田園の奥ふかい春を尋ねさまよう微風そよかぜ
 あけひろげた窓や戸ロを吹きめぐって、
 部屋部屋に
 白と桃色のヒアシンスの香と
 結飯むすびの匂いとをこもごも満たす。
 やがて来るのは昼間の静寂、仕事の時、
 杉戸をへだててそれと聴こえるペンの走り、
 絹のおもてを縫いすすむ針のあゆみ、
 深密の時のテムポは忘我の香こうを燻きくゆらせ、
 麦畠から雲雀の歌を運びもたらす春風も
 労作の深い夢想の
 額と指とを吹くばかり。
 けれどもやがて楽しい休息の時が来れば
 私たちの熱した心はときはなたれ、
 やがて太陽が傾き、木々の影の長くなるまで
 のびのびとした村の散歩に出かけるのだ、
 もう仏ノ座が畑の隅を空色にいろどり、
 紫雲英れんげそうが田圃のあぜを赤くしているかと。

 そうして夜、
 ヴァガバット・ギータの夜、千一夜物語の夜、
 音楽は窓の外の竹の葉をすべる月光に溶け入り、
 「なれは憩い」の歌、野中の小屋を眠らせて、
 﨟ろうたくもあたたかな春の夜空の燭の下、
 私たちの天然の一日を
 その揺藍の歌で閉じるのである。

 

 

 

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 麦

 寒水石のかたまりのような
 まぶしい雲の大きなゆききに
 つやつやした青ぞらが見えたり隠れたりする。
 その紺青と雪白との
 音もない天の動乱の下で
 毎日の深遠な日光や風にかがやく
 ああ、我が武州平野の麦ばたけよ!

 西天にきらびやかな星のうすれる
 あやめ色の夜明けの時、
 お前はもう聴いている。
 こんもりとした村落のむこう、
 まだほのぐらい野の朝風と
 清らかな黎明の露とのなかで
 日のはじめの荘厳を讃える
 友達の雲雀の最初の歌を。

 また美しい広大な真昼、
 とおく、ちかく、
 新緑の涼しい村から村へ
 五月幟の真鯉緋鯉の吹きながれる時、
 卯ノ花の白い小径に沿って
 お前はだしぬけに身をふるわす、
 身内に伝わる霊妙な受胎を感じながら。
 また鋼鉄の鎌の研ぎすまされる
 あの悲しくも盛んな収穫の日を思えば
 お前の青い髪の毛は逆立って、
 野から野へ、
 蒼白いそのざわめきがひろがってゆく。

 しかし、今、
 繻子しゅすのような夏の初めの空の下で
 お前はその盛福の日を生きている。
 詩人はお前を讃えて地上の虹だと言う。
 また画家は、お前の光栄に
 ぴかぴかした絵具を惜しまず捧げる。
 お前の笛はやさしい若葉の下で
 朝から
 もう野趣のある懐かしい音色をながす。

 また、よく夕方、
 罌粟けしの花びらの暗くなる時、
 小さな花園に隣るひろびろとしたお前を見て、
 その透明な陰の豊かさ力強さに、
 新鮮な意欲の潑溂として動きだすのを
 私もまた感じるのである。

 こうして冬から春へその生命を座らせたお前は、
 やがて明るいとりいれの七月が来て
 積まれた束が野にいっぱい
 真紅の落日に大きな陰を横たえる時でも
 なおよく生きたという信念に満足するだろう。
 そして人は
 彼らの眼から
 お前の美しい幻影がまだすっかりは消えないうちに
 もうお前の子孫を見る事になるだろう。
 なぜかといえば、老いたる冬が
 霜の鬢髪を野の果てに現すか現さないのに
 もう新らしく鋤き返された大地に播かれ、
 一粒の麦もし地に落ちて死なば
 多くの実を結ぶべしという希望の言葉を
 そのままお前が生きるからである。

 

 

 

 

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 初夏の小屋

 

 野中の樫や草の葉が
 ふるさとの初夏を歌っている路ぞいに
 ゆるい風の無限にわたる
 とおい麦畠の海のような中を
 私はきょうも歩いて来た。

 鍔びろの帽子は、私の肩の上、
 光にかすむ野の風景の中で、
 大きな花のように揺れかがやき、
 白いシャツは
 天頂の燃ゆる青さに
 ほんのり染まった。

 そして縹渺と遥かにきらめいていた地平のながめよ!
 おんみの美しい透明な熱気と、
 炎を沿びた悲壮にも晴れやかな広袤と、
 まっぴるまの高い霊的な感じとは、
 今もなお私の眼や心のなかに生きている。

 私はそれを満溢せしめる、
 今帰って来て板戸をあける私の小屋に。
 私はそれを磅礴せしめる、
 五月の外光が色あせた白壁にみどりを映し、
 きずだらけな黒木の柱から
 懐かしい者らの瞳が私をみまもるこの小屋に。

 なぜかといえばあの風景の金剛の美は
 この貧しい家にいつも住んで
 たえずここを照らさなくてはならぬ内面の光明であり、
 また麦の中の風、おおどかな太陽、
 地平線の四方から湧きおこる穹窿、
 さては烈々の地めん、優しい陰の小径こそ、
 私の芸術のうちに明らかに又強く鳴りひびき、
 私が素朴に善く生きるこの小屋を
 毎日の明るい天堂にしてくれなくてはならないからだ。

  

      

 

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 平戸島への消息

 肥前平戸島への今日のたよりに何を書こう。
 六月の一様に黄ばんだ力強い麦のかなた、
 ふるさとの武蔵野の牧歌的な片隅で
 天空に欝積してはとどろく白い夏雲、
 草いきれの小径、暗い森への路、その森をみたす松蟬の合唱、
 また対陣の銃剣の列のような胡瓜の支柱や、
 風にそよぐ野菜、馬鈴薯の花、葱の花、
 そこに散点する農夫の姿と、天秤棒をしなわす重い肥桶と、
 また彼らの背中でぴかぴか光る噴霧器と、
 草の上に脱ぎすてられて熱くなっている古半纒と、
 それから畠の隅の小さな家、
 樫の若葉は風になみだち、鶏は裏の鶏舎で産卵し、
 今を盛りの夏の花々に囲まれた一軒の小屋で
 半開きの硝子窓、室内を青くする外光の反射、
 乱雑に積まれた机の書物、散らばった紙、
 椅子に投げ出されたヤング・インディアと
 オルガンの上にあけっぱなしのウォルフの歌集と――
 ああ、すべてこの一つの生活と、
 それを編みこむ夏の自然の種々の光耀。
 こんなものを一つのこらず
 肥前平戸島へのたよりに書こうか。

 ああしかし、何よりも私はこの事を忘れまい。
 この小屋の中、彼の友である夫婦の間に
 昨日一日の娘が生れて、
 それが彼女の女らしい素直な未来のため
 栄子という有りふれた名をつけられ、
 父母よりも美しくて丈夫だという
 こんな田舎くさい、何の奇もない、
 しかもいちばん人間らしい消息を人間らしいあの友に。

 

 

 

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 西 瓜

 夏の夕日をはすかいにうけて
 ほんのり紅のさした青い西瓜が、
 涼風すずかぜのたちそめた畠の中、
 そこにも、ここにも、ごろごろしている。
 まるで天からころげて来た神様のフットボールのように。
 それを見渡す窓ぎわで
 私の一日の仕事はおわった。
 友達の画家も炎天の野の写生から帰って来た。
 夕暮の空は海のように澄んで
 西方にむらがる雲が多島海の島々を想わせ、
 空間も木立も蜩ひぐらしの声でみたされている。
 妻よ、その西瓜をひとつ
 裏の家からもらってこい。
 そうして勤労の一日につづく無上の時間のため、
 そのこんこんと清涼を噴いてかぎりないのを
 爽かな大皿の上ですぱりと切れ!

 

 

 

 

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 老いたる樫

 腕をまわせば両手にあまろう。
 つぶつぶのあるその幹は
 柔らかなみどりの苔につつまれ、
 ひやりとして、暗く、
 濡れ濡れてしずくを垂らし、
 ところどころ箆形、革質の葉の
 強いのきしのぶを寄生させ、
 年古りさびて
 いよいよ剛健。

 青空にむけて放散する長い無数の枝々の
 腕のようにしなって円くうずたかいのを支えながら、
 風に満ち、歌に満ち、
 生気ある陰にみちみち、
 絢爛に、豪奢に、
 つねに高い運命を生き、未来を祝し、
 しかも王者のような
 老年の春をたのしむ樫の巨木!

 

 

 

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 小 鳥

 友達への消息を書きながら、
 ふと気がつくと、
 窓の横手の桜林で
 一羽の三光鳥が鳴いている。
 そのまろい、ほがらかな、
 オーボエのような色彩ある音いろは
 晴れつづきの輝く空にすきとおり、
 やさしさきわまりもない感動を
 ふかい枝のしげみから洩らす。
 つつみきれぬ愛や悦び、
 天来の使信、
 この世を遠い山間の歌。
 高貴なロマンティックなその声は
 やがて七月の天へ消え去っても、
 私たちの心を豊かにみたし、
 清らかな、なつかしい俤のように
 ながく忘られずのこっている。

 

 

 

 

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 積乱雲

 

 私の窓の南方の麦畠で、一人の農夫が
 梅雨つゆも間近かないかめしい暑熱の朝から
 麦の間へ鞍をつくり、肥料をまき、
 竹籠で担って来ては黙々と薩摩芋の苗を植えている。
 午後になって孤独の彼よりもずっと遠く、
 軍隊の叉銃のように野に林立した竹の支柱に
 蔓はからみつき、鮮かな黄の花は点々とひらき、
 或いはすでに実を結び、
 ボルドー液の乾いた緑青いろの葉が上へ上へと
 炎天の高みへ攀じのぼる胡瓜の畠の片隅で
 或る者は小手をかざし、或る者は腕組みをして、
 六七人の農夫が
 気づかわしげな眼を野の一方に注いでいる。
 ああそこには、眼もさめるような青空の果てには、
 雪白の頂きを起こし、真珠色の陰をはらみ、
 陰惨なあかがね色にくすぶった積乱雲のかたまりが、
 しかも無限に伸びる鉄敷形かなしきがたの頭をして、
 堅固に、陰欝に、論理的に、
 宿命的な巨大な力で湧き上がっている。
 ああ、
 最も兇猛な雷が、雹が、
 平野の竜巻が、はやての万力まんりきが、
 その悪魔のような密集陣ファランクスの襲撃で
 怖るべき光景をたちまちここに現出するのだろう。
 だが私は身ぶるいして感嘆する、
 むしろ私は渇仰し、魅惑される、
 この大雷雨の前の天地の異常な静けさに、
 惨として力あるその充溢の美に、
 燃えくるう太陽、硫黄臭くくすぶる地面、
 そよとも動かぬ目ざましい樹木、
 どっしりした藁屋根、ひるがえる燕の群、
 林にひびく山羊の声、蟬のしきり鳴き、
 また遥かな地平のなつかしい天空色に、
 そしてわけても窓の南方の麦畠で
 ああ、今もなお黙々と働いている一人の農夫に、
 悲壮な光景のはじまる前の
 その一切無関心の熱中に!

 

 

 

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 秋の歌

 九月、
 秋が来たなあ!
 あのまっしろな夏の雲が爆発して
 果てしも知れず遠くなった紺青の空の遥かな高みに、
 秋は郷愁の歌のように流れている。

 九月、
 どこからともなく狩の笛の音が響いて来る。
 煙硝や、山の落葉や、獲物のにおいが
 酸素の多い空気にまじってにおって来る。
 ああ、白樺の林をとおる時雨の音、
 谷底へおりてゆく桟道の日光。
 そんなものが僕の新らしい精神をめぐっている。

 ある晩、都会の憂欝な夜霧の奥で
 星の飾りが二つ三つぼんやりと震えていた。
 僕は音楽会のうすぐらい片隅で
 なかば口をあけた聴衆にまじっていた。
 目をつぶって「魔弾の射手フライシュッツ」のアガーテの祈りや
 猟人の合唱を聴いていた。
 すると、とつぜん、
 電気のようなものが逆さに僕をつらぬいた。
 僕は秋の山野の自然を見た。
 そこを流れる雲を見、
 そこに鳴りひびく風を聴いた。
 (戸外そとでは街路樹がひっそりと落葉していた)
 僕はやにわにそこをとびだすと、
 夜の列車に身を投じた。

 もっと自由でおおらかなものが欲しく、
 飾りけのない頑固で熱烈なものが欲しく、
 ――山また山へつらなる星、
 清潔で新鮮な泉と太陽、
 コーカサスの物語のような
 山地に花咲く剛健な人情――
 僕がその晩飛ぶ鳥のように都を立ったのは、
 この世ではもはや珍貴になったそんなものが
 遠くから僕を招いて引きよせたからだ。

 

 

 

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 朝の半時間

 高貴に澄みわたった天の方へ倚りかかって、
 白い日曜日の朝が平和な田園を奥深く包んでいる。
 見知らぬ人にさえ声をかけたいような、
 都の友達にいい便りを書きたいような、
 何かしら友情に似た静かな感動を起こさせる朝の善良な空気が、
 家のまわりや村落のあたりをゆるくめぐっている。
 私は窓下の腰掛で、咲き初めの秋草の花壇のふちで、
 畠仕事の一休みをホイットマンの詩に捧げていた。
 すると、不意に思い出したのは、
 ずっと以前に富田砕花という人から貰ったこの詩人の絵葉書、
 帽子を斜かいにシャツー枚のあの写真、
 私はゆっくり仕事場へ上がって箱や手文庫をかきまわし、
 十五分もかかって漸くそれを探しあてた。
 さてまた腰掛のところへ帰ってゆき、
 年古りて色の変ったその写真を
 青空を背景にして眺めたり、木の根方に立てかけたり、
 又逢ったこともないその贈り主を懐かしく想像したり、
 やがて苔いろの厚い書物へ色槌せた絵葉書を挾みこみ、
 その「草の葉」の上へ真紅の草の花を一茎置きそえ、
 吸いのこりの煙草に火をつけ、冷めたい茶を呑み干し、
 それから、もう一仕事、畠へ出ていった事である。

  

 

 

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 隼

 ながれるように飛んで来て、さながらの風、
 隼はやぶさはふわりと
 高い松の枝に翼をおさめる。
 秀ひいでた眉の下のかがやく両眼、
 好戦的な瞳のくばり、
 生革をも食い裂くような彎曲した嘴と、その深いきれこみ
 柔毛にこげに包まれた腿、脂肪いろに光る脚、巨大な鈎爪。
 片羽をもちあげ頸をまげて腋の下を突つき、
 また脚を上げて喉のどを掻く。
 やがて彼の放つのは金属的なするどい叫び。
 三声、四声――
 たちまち蹴落とすいきおいで枝をはなれ、
 松葉をちらして悠然と虚空に舞い上り、
 襲いかかるようにむこうの森へ立ってゆく。
 そこにも舞っている幾羽の隼……
 私の田舎の丘陵つづきの森の上、
 湖のような秋の天空のいたるところ隼の飛揚!

 

 

 

 

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 かがやく稲田

 秋昼過ぎの甘美な日光の方へ
 遠くひらけた稲田のながめ、
 あすこではすでに黄ばんだ穂の淡い珊瑚色やエメラルド、
 ここではまだ葉ばかりの透明な気力のある緑、
 碁盤目の畦にうねうねと仕切られた色さまざまな水田は、
 その一枚一枚が実に豪奢な敷物だ。
 時々群をなして旋回するたげりの飛揚をながめ、
 遥かに見えつ隠れつきらめきながら流れて来て
 やがて水量豊かにかたえを過ぎる小川に見とれ、
 また遠近の丘や林の
 光と陰のすこやかさ微妙さに恍惚としながら、
 何よりもまず、
 秋昼過ぎの甘美な日光をぞんぶんに浴びて、
 九月の天の下にひろがり、ゆるい微風に輝いている
 強壮で、爽かで、まんまんとして、また華麗な、
 この稲田のすばらしい氾濫と無敵な美と、
 それが魂に与えるふんだんな滋養とに我を忘れて没入する。

 

 

 

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 夜あけの嵐

 青じろい夜あけの地平線に立ち上がった大風が
 猛然と霜を蹴ちらして襲撃して来た。
 鶏を裂くにも牛刀をつかうほど
 正直で真剣な自然の憤怒は
 戸口に風の砲弾をぶつけ、
 防風林をびゅうびゅう橈め、
 うつばりに轟き、屋根に逆だち、
 ああ、全線の木の葉をきりきり舞わせて
 漂渺とゆくえも知らず吹き送るよ!
 やがて何里の平野に大風の息がぱたりと落ち、
 洞あなのような沈黙が無気味に、
 真紅のしののめが破れるかと見る間に、
 又もや駆りあつめた精力を合せて
 ごうごう、ごうごう、
 吹き荒れる夜あけの嵐の大乱奏。
 ドラムを叩きやぶり、ピコロを砕き、
 バスを弾き切り、シンバルを割り、
 一切の壊滅がついにここに来るかと見えたが、
 ちょうどその時、大風のかなた、
 ああ、
 遥かな未来の歌声さながら
 遠くの丘で朝日を浴びてゆるがぬ竹林。

 

 

 

 

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 兜 虫

 駒込にいる友達の彫刻家が
 兜虫をほしいと書いてよこしたその日から、
 雲の飛行さえ消息めいてなつかしい
 日本の初秋の空の下、
 武蔵野の片田舎では昨日も今日も兜虫狩!

 仕事がすんだら
 夕方まで出かけるのだ、妻よ。
 ああ、風に吹かれる殼斗科植物!
 残暑の斜光にかすむような
 野中の竝木は彼らの巣だ。
 そら、その角で挾まれるな。
 そこをおさえろ!
 ――俺の友達は変り者で、
 気の利いた、小俐巧な、わかりの早い世の中に、
 こんな鹿爪らしい角をかまえ、
 味もそっけもない木の芯しんを嚙み味わい、
 むきになり、憤激し、
 また許された天地を笑い楽しみ、
 甲虫こうちゅうの意地を張りとおして挺てこでも動かぬ虫を好く。
 ――そら出た、別の大きなのが、
 まるでホイットマンのようなのが。
 だが今度のは
 又なんてすばらしい大物だろう!

 

 

 

 

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 甲州街道の牛

 からころ、からころ、田舎の奥から、
 真夜中の幾里の夢路を縫うように
 むつましい車の音を響かせながら、
 神田、新宿の市場へ出ていったお前たちが
 行列で帰って来る朝の街道はお祭だ。
 空は高いし、お天道様てんとさまはうららかだし、
 ふみごたえのある道はひろびろ伸びて、
 けものの耳を吹くのは水のような秋風。
 その中を涎をながし、遠い眼をし、
 すばらしい肩と腰とで急がずゆっくり、
 町通りから杉竝木へ、
 立場たてばから石橋へ、
 どこからともなくきらびやかな木犀がにおい、
 生垣や腰高障子のひかる甲州街道のまんなかを、
 頭をゆすぶり、尾をふりふり、
 後から後から凱旋して来るお前たちは
 百舌もずの鳴きしきり、とりいれ物の金にかがやく
 武蔵の国の秋の田舎の王様だ。

 

 

 

 

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 冬の蝿

 板戸のそとの踏段に
 鉢のプリムラは親しい日光を沐浴し、
 軒さきの籠に鷽うそは小春の青空を歌い、
 板戸の内部、仕事部屋のあかるさに、
 食卓の上、窓枠のへり、器具のまわりを、
 ああ、逐えども集まる幾百の蝿のロンロン。
 そして天井には蜜蜂のような、
 掬って取れそうな黒いかたまり。

 彼らは近隣の農家の
 こやしの寝藁から生まれたものだ。
 その寝藁は或る日幾台もの馬力で運ばれて来て、
 庭の片隅や路ばたに積み上げられた。
 その金色をした、ぐしょぐしょの、大きな山は
 太陽の熱とそれ自身の温気うんきとに蒸れて、
 朝からむっとした湯気をまとっていた。
 それは二三日の間、あたり近所に、
 むせっぽい、固有の臭気をみなぎらせた。
 そしてやがて
 もやしの床とこへ踏みこまれたのだ。

 小豆あずき色の頭、黒い胴、
 硝子のかけらのような羽根。
 この小さな、身の軽い、むずむずする昆蟲は、
 それ故、生暖かい人間のすみかが好きだ。
 臆面のない彼らは、毎日の昼間、
 台所や居間の物の匂いと明るさとに群れ、
 人間の手や口の触れる何物にでもとまり、
 また太陽のよわい斜光が
 木立や家の影をながながと地に曳く頃には、
 日あたりの窓掛にたかり、板の間にちらばり、
 そして、いくばくもなく晩秋の夜寒よさむが来れば、
 ランプの真直ぐな自在鈎にそって
 天井に円や方形のかたまりを作る。

 それから、とうとう、
 或る夜の突然の寒気に彼らは死ぬ。
 餓え、こごえ、からからに乾燥し、
 光沢もなく、ちいさく、軽く、芥ごみのようになり、
 そして麦の芽の光る初冬の朝、
 板戸の外に掃き出され、
 美しい霜どけの泥にまみれて地に帰るのだ。

 

 

 

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 朝の甲州街道

 朝の甲州街道はすばらしい。
 広い蒲鉾がたの往還には
 胸にしみわたる寒冷な空気がなみなみ流れ、
 ひっそりと落葉の片よった大道に立てば、
 前もうしろも、東京も府中も、
 三里かなたの青みがかった靄の奥。
 ほがらほがらと明けゆく光、
 消えかかる靄に、
 さんぜんと立ち現れるのは欅の樹列、
 噴水のような梢はつぎつぎと発火して、
 見るまに宿しゅくから宿へ燃えすすみ、
 その朝ぼらけの伝わってゆく奥の方から、
 提灯消した早出の牛車が
 ゆらりゆらりと登場する。
 しかも青空にちぎれて浮かぶ夜来の雲は
 あの懐かしい撫子色から灰色にかわり、
 どこからともなく塩からい枇杷の花さえ匂って、
 ああ、おもむろに人声の増してくる朝の甲州街道は
 燦爛として荘厳、
 道ばたの切株に、見れども飽きない。

 

 

 

 

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 土と落葉と水溜り

 秋も終りにちかづいて
 武蔵野のまんまんたる裸の土だ。
 金粉まぜた藤いろに盛りあがって
 とおく波うつ無限の土壌だ。
 その雨上りの、湯気の立つ、
 もったいないような土の片隅でも踏んでみるがいい。
 欅の鳶いろ、桜の海老茶、そろの黄いろ、
 虹よりも高貴な落葉の絨毯が、
 ふかふか、ふかふか、
 どこまで行ってもつづいている。
 むこうでは、たたなわった雲が入江のように裂けて
 きれいな空が遠くはるばると拡がっている。
 やがてりっぱな腐葉土になる土が
 あの遠ぞらの青い光に柔かく鍍金めっきされて、
 水気に満ち、温暖の気に満ちて豊かなところを、
 秋のはてまで歩いてみるがいい。
 失われた人間精神の純潔を
 水かがみの中から拾いあげるためには、
 いたるところに散らばっている
 レンズのような水溜りに思わず足をとめるがいい。

 秋も終りにちかづいて
 武蔵野のまんまんたる裸の土だ。
 はてしもなく、また限りもない
 落葉と行潦にわたずみとに飾られた武蔵野の広大な土だ。

 

 

 

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 冬

 二月の壮烈な青磁いろの天は
 とおく地平線の際涯へおちこみ、
 晴れた日の絢爛な北風が
 今日もまた
 凋落の美しい野を寒晒かんざらしにしている。

 冬のはてまで続くかと思う路のへりでは
 瘤だらけな榛はんの刈株の列が
 空へむけて小枝の針を放射している。
 風よけの木立に埋もれた農家の庭では、
 幹にもつれ、軒にまきつく竃の煙に
 親密な日光が長い千本の縞を織っている。
 そうして暖かい藪の日だまり、
 夕日にむかった林のふちで、
 赤や黄の落葉がさらさらと頻りなく降りかかる。

 冬の野をあるきまわりながら
 君は感じたことがあるか、
 何かしら新らしい、熱烈な、
 身を捧げたいような、
 神々しい宗教的なものを。

 十二月、一月、二月、
 それは自然のなかに磅礴している。
 それは夜明けの霜にささらをかけ、
 素裸の枝にきらめく風だ。
 それは遠方の風景や天を腐蝕させ、
 雪もよいの雲をつらぬいて、
 十里のかなたに投槍をする日光だ。
 そしてすべて憤然とした、
 動悸うつ、悲涼のものが、
 春まだ遠い地平を涯から涯へと馳けめぐって、
 このあらたかな
 聖なる祭壇を護っている。
 微塵の感傷なく、宥恕なく、思いやりなく、
 しかも壮烈に美しい
 旧約の神のようなものが、
 理念の馬を戛々かつかつと飛ばせてそこを統治している。

  

 

 

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 私のかわゆい白頭巾

 白い毛糸の頭巾かぶった私の小さいまな娘は
 今朝もまた赤い朝日を顔に浴び、
 初霜にちぢれた大根畠のみどりを越えて、
 十一月の地平をかぎる箱根、丹沢、秩父連峯、
 それより遠い、それより高い富士山の、
 雪に光って卓然たるを見にゆきます。

 私の腕は彼女をつつむ藤色のジャケットの下で
 小さな心臓のおどっているのを感じます。
 私の眼は
 空間のしずくよりも清らかな彼女の瞳が、
 ものみな錯落たる初冬の平野のはて、
 あのれいろうとして崇高けだかいものに
 誠実に打たれているのを見てとります。

 朝の西風のつよい野中で
 まあるく縮まって幼い感動を経験している
 ちいさな肉体、神秘な魂、
 その父親の腕に抱かれて声をも立てぬ一つの精神。
 私のかわゆい白頭巾よ!
 武蔵野うまれ、われらの愛児まなご
 西も東も見さかいつかぬこの小娘を
 私は正しく育てて人生におくる!

 

 

 

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 夕暮の歌

 夕ぐれ、窓のむこうの闇を、
 風に立ちさわぐ竝木に沿って、
 シューベルトの「菩提樹」うたいつつ行くのは誰か。
 私は物を書きながら
 風邪気かぜけの熱を感じている。
 人の世の生活をいや遥かに、いや遠く、
 おのれの世界の顫える夢想につかっている。
 この時、黒いこがらしに
 吹き消され又つづく歌の節は、
 平野の低い夕焼と裸の立木との風景にまじって
 魂をその果てもない夕暮に漂蕩させる。
 ああ眼瞼まぶたの熱さ、手足のだるさよ。
 私は歌を聴き、物を書きながら、
 病いのはじめを感じている。

    

 

 

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 菫

 つよい北風が晴れた日の松が枝を鳴らし、
 フレームの硝子はふるえ、
 小鳥は低く流れるように飛び、
 小川のふちの萱の枯穂が
 終日遠くでうねうねと光って見える日、
 我が家のそばの竝木路で
 一本の菫を私は見つけた。
 菫、菫、
 十二月の菫。
 高い欅けやきの根方のうろ
 荒くれの風も知らずに浮き世離れに咲いていた。
 田舎のチタニア、冬の中の笑顔えがお
 日光がのんきにもぐりこんで
 その眼の紫に接吻していた。
 菫、菫、
 十二月の菫。
 赤い寒かんざらしの冬枯れの野で、
 あったかそうに咲いていた。

 

 

 

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 精神的寂静(Jhanam)

 石油罐をきりぬいた手製の竃へ
 枯葉、落葉、さては麦稈を焚きつけながら、
 あたらしい冬の朝を悦ぶのは健かな事である。
 ちいさな空箱に腰をおろし、
 夏の思い出、さわやかに乾いた燃料を
 後から後からさし入れながら、
 時々はその濛々たる煙にむせて、
 日本の田舎の冬を感じるのは楽しい事である。
 友を思い、人生を思い、芸術を思い、
 風のつめたい日あたりに、
 鏡のような青ぞらの光を半身に浴びて、
 わがメタフィジックを練るのは善い事である。
 また、とつぜん、
 枯葉もまばらな近くの木立に
 冬の先駆の小鳥を眺めて
 すべてを忘れはてるのはなお更に善い事である。
 「智恵のない者には精神的寂静がない。
 又、精神的寂静のない者には智恵もない。
 もし誰か
 精神的寂静と智恵とを併せ具えているならば、
 彼はすでに精神的自由に近づいている」という仏陀の言葉を
 一介俗門の身にもひしひしと感じて、
 寒風と日光とに白みわたる十二月の地平線を
 八方視野におさめるわが露天厨房から、
 あたらしい冬と生活とに向かって手を上げるのは
 このごろの朝の心にふさわしい事である。

 

 

 

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 クリスマス

 クリスマスが近づいた。
 柊ひいらぎやどりぎと、猩猩木と紅い実と、
 その小束のいくつかで室へやを飾ろう。
 窓や書棚に燭台をならべて
 貧しい小屋を花やかに照らそう。
 さてその夜、天に星々が美しかったら、
 懐かしいブールゴーニュの小唄を歌おう。
 またその夜、雪が窓硝子をかすめたら、
 古いシュワーベンの歌を歌おう。
 ああ、小枝と燭と、夜と歌、
 それから葡萄酒。
 俺のクリスマスがもうじき来る。

 

 

 

 

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 青い鳥

 古代めいた夜ぞらに星かげの匂うクリスマスの晩、
 幾年ぶりかで「青い鳥」を私は見た。
 古い衝動の火は今もなお私のうちに消え亡びず、
 そつぜんと生まれた思い出のなかに
 一つの賢い世界観は
 めぐり来た「光」となって照りわたる。

 それは迷妄の微動する霞をかかげて  
 ひろびろと、明るく、また嬉々として、 
 今も展開する日常真実の詩であった。

 ただ一本の金剛石のピン、
 眼に見えぬ現実を眼に見せて語らせる
 それこそ詩人の魔杖であった。
 ……そして生命を見る事は美を見る事である。

 青い鳥は今日も私の窓に来鳴かず、
 羽根の色たちまち変る世ながらに、
 十二月の夜天の深いクリスマスの晩を
 東方の博士ならぬ私の心の地平線で

 マーテルリンクの星が遠く優しくまたたいていた。

 

 

 

 

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 故郷にて

 はるばると暮れてゆく水浅黄の空に
 薄桃いろの波がたや煙模様を掃いてはえがく
 夕焼雲のうつくしい夏が来た。

 まだ昼間の熱の残っている畠の土に
 馬鈴薯は気力にみちた球をむすび、
 路傍の藪にからみついて
 すいかづらや野薔薇が
 たそがれの白いかおりを吐いていた。
 そして一番麦のとりいれの野では
 天の壮麗の下を男、女が刈ってはならべ、
 その汗みずくの顔や熱した鎌や
 寐かされた麦束を一様に
 昔も今もかわらぬ故郷の風が吹いていた。

 人はこの神聖にも平和な、
 また一抹の哀愁に彩られた風景の中に立って、
 自分というものが何と根づよく抜きがたく
 この土に結びついているかを感じた。
 その祖先おおおやたちは何百年かのむかし
 森林と薮地とのこの荒野を切りひらき、
 蘆荻におおわれた沼を干して
 灌漑のかがやく水の手をきめたのだ。
 族は族を生み、氏うじは氏へと枝分れした。
 そして百年むかしの或る夕暮、
 おなじ水浅黄の空に薄桃色の雲がながれ、
 嫁の胸に赤児がとりつき、
 家畜らは水のような空気に声をあげ、
 男たちがまだとりいれの野から帰らぬ時、
 この世の生を終って死にゆく一人の祖先は
 雪よりも白いその剛毛の眉の下から、
 遠い山々の荘厳のこなた、平和な野のあちこちに
 薄青くたちのぼるゆうげの煙をながめ、
 風に伝わる鎌のひびきを聴きながら、
 一族の未来の繁栄をおもって、
 八十歳の老の眼に
 一滴の雫をたたえたのだ。

 その同じ魂が
 自分の衷にも生きている事を人は感じた。
 伝統への執着、かたくなでさえある自憑の精神。
 自然への信頼、労苦への忍従。
 重い血潮は彼の全身を隈もなく
 遺伝の響きを立てて流れていた。
 またおのれを護るためには
 時に好戦的ですらあった祖先の気魄、
 それが荒々しい垣のように
 理性の周囲にめぐらされている事を人は感じた。

 彼のまわり、草木の根がたには
 しだいに闇の色がひろがって来た。
 魁偉な切株に這いまわった昼顔は
 うすれてゆく夕映えのなかですでに花をとざしていた。
 暗くなった椿の下の祠では
 しかし絵馬の色だけが未だかすかに明るかった。
 そして昔ながらの清朗な哀愁が
 平野の村のいたるところに漂っているのに、
 畠のまうえ、
 やがて涼しい星のうまれる大空では
 まだ一羽の雲雀が高くはっきりと歌っていた。

 彼の重たいしっかりした歩みは
 くいなの鳴く田圃をこえて
 ほのかに明るい丘の雑木林へむかった。
 その緑の苔の下に懐かしい祖先らの眠っている
 また血筋と愛と
 東の空の月の出とに
 ほのぼのと誘われてゆく墓地のほうへと。

 

 

  

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