詩集「高層雲の下」 (大正十三年)

新しい風

高層雲の下

野の搾乳場

河口の船着

最後の雪に

野の小川

私の聖日曜日

音 楽

夕ばえにむかって

明るい窓

ヴェルアーランを憶う

若い主婦

昆陽先生の墓にて

古いこしかた

草上の郵便

村の盂蘭盆

我が家の台所

裏 道

日没の時

静かな夏

土用の入

水 際

晩 夏

秋 風

女 等

母   

九月の樫

海  

秋の朝

古典の空

樹木讃歌

朝狩にて

花崗岩

健 康

も ず

蹄鉄打ち

落 葉

冬の木立

眠られぬ夜のために

日の暮

蛇窪に別れる

自我の讃美

 

 新らしい風

 ほがらかな、新鮮な、
 慕わしい、自由の風が吹いて来た。
 大本寺のしののめの鐘楼にうまれ、  
 黒森シュワルツワルドの落日をいろどり、
 はてしもない荒原ステッペの雪に
 とおく赤旗をなびかす風が来た。
 ゼーランドの鏡玉レンズのような運河とその白楊の列とに歌い、
 峡谷フィヨルドを吹きぬけ、北海の波のしぶきをおさえて、
 ゲールの竪琴をすががきする風が来た。
 古代希臘ギリシャの円柱と古代羅馬ローマの彫像とを撫で、
 紺碧の磯コートダジュールにかがやき、
 金字塔ピラミッドと回教寺院モスクとを雙翼にいだき、
 橄欖と燕との国土をすぎて
 涅槃ニルワナの暗いしげみにそよぐ風が来た。
 人々よ、窓を開こう!
 このたとえようもない爽かな風を戸口から屋根裏まで導きいれ、
 僕らの民族の気質と僕らの自由な精神とを揺りおこさせて、
 緑の円球をめぐるこの友愛のそよかぜに、
 悦びと誇りと希望とにみちた僕らの声を合わせよう!
 空気はここでも沈澱して濃く、重く、
 父祖の国は息づまって暑い真夏の夜にねむりさめず、
 すこやかな若い心は
 ゆらめく朝霧を引裂いて躍り出ようとする。
 ああ、友よ、
 逞ましい腕を上げてその頑固なかんぬきをくだけ!
 人類の大道に胸もあらわに下り立って。
 この天来の瑠璃碧落の風を身に浴びよう!
 強いず、拒まず、しかも山水やまみずのように滲透する、
 かおる甘美なこの空気に身も心も清めよう!
 僕らの思想、僕らの学問、僕らの芸術を、
 無恥と凡庸、流俗と政策とから護って、
 この清純な、ありあまる空気で洗いすすごう!
 ああ、窓の前の日本の枝に来て青葉をうごかす友愛の風!
 全世界を隈なくめぐって懐かしい使信をもたらす
 ほがらかな、新鮮な、
 慕わしい、自由の風がどこからともなく吹いて来た。

          (Romain Rolland氏らの雑誌"Europe"のために)

 

 

 

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 高層雲の下

 地めんに映る樫の葉かげがだんだん濃くなり、
 日なた日かげの庭じゅうどこでも
 けなげな蟻が思い思いの仕事にうろつく朝のうちから、
 もう、かっと照りつける三伏の日の暑さはじめに
 耳を聾する蟬の合唱。
 けれども、汗水たらしてこの世の夏を生きる者への慰めには、
 見るもまばゆい青一面の七月の大空に。
 ほら!
 雪よりも白く、羽根よりもかろい、
 太古の静けさそのままな高層雲の浮模様。

 きょうもまた都会では、
 すこしばかりの片蔭をわずかな頼みに、
 仕事を求める青年が
 あすの運命を思いわずらいながら、
 大通りの石だたみに塵労の下駄すりへらしている事だろう。
 また誠実な、勤勉な事務員は、
 炎熱の反射いかめしい二階三階の事務室で、
 帳簿を前に、襟にはハンケチ、
 額ににじむ汗をふきふき、
 赤、黒のインキにその指先をよごしている事だろう。
 また女事務員は、タイプライターに、伝票整理に、
 さては眼まぐるしい電話交換台の取次に、
 若いさかりの頭やからだを使いきっている事だろう。
 街路の人も、屋内の者も、
 皆一ように黙々と堪えしのぶ勤労の都会の真夏、
 渚なぎさをはしる潮風に、ゆかたの袖ひるがえる海水浴や、
 緑したたる山の避暑地は絵そらごとだ。
 炎天の氷屋の氷水よ、
 暗い賄所まかないじょのアイスクリームよ、
 このけなげな人々の煎りつく喉をせめてはうるおせ。

 ああかかる時、私は広大な田舎の空の下で、
 鎌の刃にとりいれの穂の落ちる麦畠から、
 遠い都に働いている人々の上をけっしてあだには思うまい。
 また吹きつげる三伏の炎を浴びながら
 草取りにまがった腰をのばす時でも、
 生きるための労働が
 けっして我一人の事ではないと思うだろう。
 そうして私は心の中でこう叫ぶ、
 友よ、
 都会にまた田舎にちらばる見知らぬ友よ、
 この炎天のまっぴるま、
 もしも窓から、街路から、或いは野から
 見はてもつかぬ空の果てに一すじながれる高層雲を見つけたら、
 その真下には田舎があり、畠があり、
 畠の隅に小屋があって、
 戸口にかぶさる一本の樫の木の下に
 いつでも握手の手をさしだす一人の友のいる事を忘れたもうなと。


 

  

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 野の搾乳場

 野の搾乳場? それは遥かむこうにある、
 ぼんやりまどろむ冬の朝の空の下、
 淡紫にけむった欅けやきの森のかたまりの下に。
 野の搾乳場?
 そこへ乳を飲みにゆくのは悦ばしく、健康なことだ。

 すばらしい寒さよ! 吐く息が虹になる。
 凍いてついた路が下駄の下できちきちいう。
 畠は霜にさんらんと輝き、
 野菜は緑玉、野葡萄は血紅石。
 そして並木のりっぱな枯枝では、
 朝日を浴びて、
 焦茶の胸のじょうびたきが
 燧石を叩くように鳴いている。

 私はうれしさでいっぱいになりながら、
 まだこの上にも日光や空気をとろうとする。
 私は自分だけがこんな風景を持つことに誇りを感じ、
 多勢の人に立ちまじって都会にいた昨日よりも、
 今朝は、自分が少しよけいに純粋に、
 また少しよけいに高貴になったかと思う。

 路は野の中をつづく。
 やがてそれは曲る。
 小川の音が玉のようにひびき、
 櫨はじがまっかに散っている。
 するとそこは搾乳場。

 緑のきわだつ樫の木の間に煙突の柔かな煙が見える
 牛舎の低い屋根が見え、家畜特有の匂いがする。
 犬の吠え声、牧場の女の話し声、
 それにまじって
 人なつこい、甘えた、彼らのモウがもう聴こえる。

 すばらしい寒さよ!
 乳屋の中庭は散らかった藁も水たまりも凍っている。
 ほのぐらい、むんむんする牛舎には、
 栗いろ、白、黒、ぶち、
 すべて小山のような、多産の姫たちが
 でっぱった臀の先にぼんやり当る朝日をうけて、
 立ったり、前足を折ったり、すわったり、
 反芻し、涎をながし、生温かい息を濛々と吐いている。
 薔薇いろの大きな乳房、豊饒の角。
 甘ったるい臭気の中を蝿がぶんぶん飛びまわる。

 中庭の台の上、厚手ガラスの大コップヘ
 なみなみとついで出される牛乳の
 なんという新鮮、なんという芳醇。
 淡青い空間は光に微動し、
 物皆ちらちらと光りかがやき、
 とおく冬枯れの森のかなた
 はるかに雪の山脈の見える眺望。
 ああ、美しい、清らかな武蔵野の冬の朝の
 芳醇甘美な一ぱいの牛乳!
 そんな時の代金には、
 あの汚ならしい、くしゃくしゃの紙幣を出さないで
 なるたけよく光った小さな銀貨を私は置く。

 野の搾乳場? それは遥かむこうにある、
 波うつ畠とおっとりした空気のかなた、
 羅馬ローマの軍道よりも立派な並木路のずっとむこうに。
 君も来たまえ、朝のはれやかな散歩の途中、
 そこへ乳を飲みにゆくのは
 じつに悦ばしい健康なことだ。

 

 

 

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 河口の船着

 河口の船着ふなつきよ!
 入海にむかって開いた花よ!

 ある夕がた、
 心ゆくばかり透明なライラック色の空が、
 満潮の運河の水に
 ふかく、爽かにうつっていた。
 舳みよしや艫ともに青や赤のペンキを塗って、
 積荷の重さに
 舟べり近くまでしずんだ荷船、
 今、沖の漁から帰って来たばかりで
 まだ濡れている網を
 虹のように、面紗のように掛けている漁船。
 さざなみは岸の石垣にぴちぴち鳴り、
 すかんぼきんぽうげは鮮かな緑を萠やし、
 みぎわに川蝦かわえびのむれが泳いでいる。
 そして、見よ!
 房総の山々は水平線にうかび、
 その前景の玉のような海を
 金色の帆の点々で飾って帰る無数の漁船は
 花に集まってくる蜂のようだ。

 そうして、頬にさわる早春の夕風、
 あおあおと溢れる潮のにおい。
 船からかつぎ出してならべた笊ざる
 海底の岩や藻の色した
 蝦蛄しゃこや小ざかなでいっぱいだ。
 いかめしい甲冑だの、ぬるぬるした頭だの、
 みんな活潑に跳ねおどって、
 まるで海そのものを笊に入れたかのよう。
 中には地面の上へ飛び出して
 後じさりしたり、爪を上げたり、
 土にまみれて怒っている蝦蛄もある。
 それをつまんで笊へ投げこむ手は
 おそろしく日に焼けて、
 毛むくじゃらで、骨ぶとだ。

 むこうでは、荷揚場で、
 ロダンのケンタウルのように腕をのばした起重機へ
 四五人の人足が掛かって船から鉄材を吊り出している。
 細い丈夫な鎖は彼らの掛声につれて少しずつ捲きあがる。
 長い鉄の角材が空に浮いて半円をえがく。
 この逞ましい力業、
 この汗まみれの労働。
 しかもおなじ慈しみの夕風は彼らをつつみ、
 おなじ潮の匂いは彼らの大きな胸に流れこむのだ。

 おお、河口の船着、
 入海にむかって開いた花よ!
 おもむろに暮れてゆく水と陸とを
 休息と団欒との前の労働がこれほどにも美しい世界にしている。
 されば漁師とはいわず、人夫といわず、
 すべてこの労働する人々の明るい優しい心を讃えよう、
 その正しい希望の善く叶えられる事を私たちも祈ろう。
 そうして、こんな清らかな春の宵にこそ、
 やがて美しい月の出の波を渡って、
 海の聖母が彼らの戸口を訪れるに違いない。

                     (横浜八幡橋所見)

 

 

 

 

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 最後の雪に

 田舎のわが家の窓硝子の前で
 冬のおわりの花びらの雪、
 高雅な、憂欝な老嬢たちが
 朝から白いワルツを踊っている。

 その窓に近い机にむかって
 私の書く光明の詩、
 早春の夕がた、透明な運河の
 水や船や労働を織りこんだ生気の詩。

 雪よ、野に藪に、畠に路に、
 そして私の窓の前、
 お前たちの踊る典雅なウインナ・ワルツの
 その高貴さを私の詩に加えてくれ。

 やがて遠い地平から輝く春が
 微風と雲雀とのその前駆を送るとき、
 古い詩稿に私は愛を感じるだろう、
 お前たち、高雅な憂欝な老嬢たちの
 窓の前でのあの最後の舞踏のため、

 私の内でいつも楽しい記念のため。

 

 

 

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 野の小川

 おお、雨あがりの
 いっぱいに張りきった緑と黒の畠のなかを、
 雑木並木の一本路にそって、
 ぐんぐん流れてゆく小川を私は好きだ。

 早春のおっとりした紫の空を映して、
 それを精緻な練絲ねりいとにたばねて、ねじって、
 熊笹のかげ、木の根っこのこぶこぶの下を、
 快活に、清新に、
 そうそうと早瀬をおとす小川が好きだ。

 重いものきたないもの、
 又やくざなものは底に沈めて、
 粘土の川底の敷物にして、
 草の細根ほそねの絹絲を靡かせ、枯葉をうかべ、
 人けもない野のまんなかをたったひとりで
 勇みはやって流れる小川を私は好きだ。

 

 

 

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 私の聖日曜日

 日かげの雪はまだ溶けない。
 そのほのぼの白い愛の下で
 花壇の春の草花は
 つつがもなく簇々と芽をふいていることだろう。
 空にはうす青いかすみが懸かって
 琥珀のような雲が飛び、
 裏の農家の鳥寵から、もう雲雀や鶯の朝の歌が、
 今掃除のできてきれいに片づいた私の室へや
 春めいた風といっしょに囀りこむ。
 すると、私の家の野の娘、
 元気でやんちゃな一羽のうそも、
 フリュートのダブルストップの高音を上げて、
 籠の中を、棲まり木から棲まり木ヘ
 ゴム鞠のように跳ねかえる。

 私は立て膝をして青瀬戸の火鉢に火をつぎながら
 微塵の乱雑もない朝の室内を見まわし、
 まだすこし冷やつく空気や、
 そこにひろがった途方もない大きな明るさや、
 日を浴びている平和な藁屋根や、
 明潔な樹木や、遠くひろびろとした天空や、
 台所でたぎっている薬罐のちんちん鳴る音や、
 のどかにも心を魅する我が田園のさまざまなものの響きに、
 やがて来る太陽とそよかぜと
 花と若葉との光明の季節を心たのしく空想する。

 煙草を買いに村路へ出れば、
 木苺の新芽の赤く野蒜のびるの出はじめた小川のへりで、
 朝湯がえりの、きょうお休みの勤め人に逢う。
 私はちょっと立止まって、
 お天気のことや赤ちゃんの話をして別れながら、
 この若い父親、この物静かな隣人の単純な善良さに
 明るい人間生活の上にしたたる
 一滴の雫の清さを感じる。

 竹林のなか、木立のあいだ、
 またそれらを縫って走りながら都会の雑踏からは
 遠くかけはなれた村路のいたるところ、
 風景と調和しておなじ佳い日和ひよりを悦ぶ人々を見ながら、
 私は、どんなに確かな、明るい、健全な、
 ゆるぎなき生活の根抵の強さ、美しさを、
 心からの誇りと信念とをもって感じるだろう。
 こうして、明げはなった室へやのうち、
 ちいさな食卓にむかって、
 パンと珈琲との質素な朝げをとりながら
 私の読むカーペンターの自叙伝、
 また蓄音器で聴くベートーヴェンのFaithful Johnie――   

 そして私は思うのだ、
 ああ、人間が、
 彼自身の要求と不満とから
 おのおの僅か二三歩後じさりする時、
 その異った角度と地点とのために、彼は
 人生のどんな新らしい視野を展望する事ができるであろう! と。

 私の聖日曜日、
 仕事もなく、義務もなく、
 終日を散歩と読書と、たのしい些事に没頭する安息日、
 だれか友人の訪問の心に待たれる期待の日。
 そして夕暮は、海軟風のさまよう庭のまわりの
 噴水のような木立の枝に暮れなずんで、
 花やいで来る電燈のした、
 ビールの一盞をあげる日よ!
 ああ、この健康にして悔いなき日曜日の、
 いのちあるかぎり、
 ながく許されることを私はいのる。

 

 

 

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 音 楽

 バッハのガボット、
 それは魂の聖殿での神々しい歓喜の舞踏だ。
 この世ならぬ光を浴びている初春の丘の枝々、
 愛の空、愛の池、
 葉先をしたたる水煙に
 善の花びらの照りこぼれるような。
 人間世界へ遥かにとどく使信のような、
 また愛人の黎明の夢を垣間かいま見るような……
 人の持ちながら
 あまり惜しんで用いる無我の慈しみとその喜悦と。

 

 

 

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 夕ばえにむかって

 七輪へ夕飯の釜をかけると、
 草履つっかけて今日も見に来た野の夕ばえ。
 一望の畠にはおもむろに闇が生まれながら、
 すべての草木は遠い西空の真紅を浴びて、
 溝みぞのほとり、藪のまわり、
 わけても水のような空気がながれている。

 ああ、地球の夕暮よ!
 おんみは何のためかほど美しく、清らかなのか。
 あんな真紅の地平線をひろげ、
 あんな宝石の空をたたえ、
 雲らは善の母のように感激している。
 地球よ!
 無限の空間で愛にみたされた虹色の天体よ!

 私は懐かしいおんみの胸に頭をつけて、
 宇宙の広大をめぐる際涯なき旅の音楽を聴きたい。
 生も死も共に讃えて
 おんみの弾く大オルゲルの荘厳の響きを聴きたい。
 おんみに慈しまれる一切生命、一切死者の、
 その聖楽の合唱に身も魂もささげたい。

 ああ神々しい夕ばえよ!
 毎日のわかれの懐かしい笑顔よ!
 きょうも事なく暮れた平和な村々が
 遠ざかりゆくおんみを野の片隅で見送っている。

  

 

 

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 明るい窓

 光明の五月、力と華麗との撥乱の時よ!
 薄紫の藤、炎の躑躅、雲のような立木の若葉。
 あやめ色の夜明けから艶でやかな新月の夕暮まで、
 花と緑のまんなかに我が家はたたずむ。

 窓の内部、夢想と労作との大机は滑かに光り、
 剛健に厚く、外光をうつして優しく、
 新らしい幾帖の紙はその純白のおもてに
 強くよろこばしい碧血の詩句を染める。

 花壇の多彩の花々や、温かい地面にはたらく昆蟲が、
 やがて来る夏につづくその労働を私と競う。
 それを眼に映しながらする仕事こそ楽しい、
 空のかけらの遠く、緑のふかい窓の前で。

 やがてゆるやかな時間の進みをそよかぜが吹き、
 太陽が子午線をくだる透明な逆光のとき、
 私は室の一隅の蓄音機を聴いて
 たのしい休息の茶をすする。

 おお、選ばれた時間の選ばれた音楽!
 ほのかに青い室内にばらまかれたスコットランド舞踏曲が
 輪をつくり、旋転し、はずみを打って、
 明けはなった窓から玉のような庭へこぼれ出る。

 そしてベートーヴェンのちりばめた音楽の顆粒かりう
 家のまわりの爽やかな枝や花にまじりこみ、
 やがて真紅の太陽が斜面の麦畠を染める頃まで  
 その清らかな明るい響きが空間に生きているかと私は思う。

 

  

 

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 ヴェルアーランを憶う  

 サンタマンは荒廃の町、
 カイユ・キ・ビクは見るかげもない。

 愛も慈しみも切り裂かれ、焼きたてられ、
 エスコーの空いろの亜麻も、
 カンピーヌの金茶の薔薇も、
 踏みにじられて根絶やしになった。

 その後を追うように、
 虚空に咲いた熱鉄の花と
 大地を染めた鮮血の花とが散り落ちれば、
 すべては灰だ、すべては無だ。

 「無量の荘厳」、「波うつ麦」、
 彼らの悦びと誇りとであったものが
 夢のつばさのように飛び去った、
 あの日毎の地平をおののかせた
 襲撃と抵抗とのおたけびのなかで。

 おお悔悟と、愛惜と、不屈の勇気よ!
 汝等の全フランドルを
 在りし日の光栄の名と共に再建せよ!

 そして、ここ
 日本の小さな田舎の片隅の家で、
 きょう私はあなたの誕生日をまつる、
 今は無いあなたの肉体と、
 今こそつよく
 私の内に生きるあなたの精神とのために。

 初夏の野の朝露にどっぷり濡れて
 折りかかえて来た野ばらと樫、
 きのうから準備した
 いささかの食物とビールの二壜、
 そして昨夜更けるまで夢中に訳した
 あなたの輝かしい詩の一篇。
 それらのものをことごとく
 私はあなたの肖像の前にささげる。

 この飯事ままごとじみて、まずしげな、
 しかも心をこめた真剣至極の私一人のお祭を、
 ヴェルアーラン、
 あなたはそこから見おろして立つ。

 奥は玄関の涼しい暗さ、
 戸口にからまる蔓薔薇の房かざり。
 そこの煉瓦の壁に添って。
 エノオの日光はあまり金色こんじきすぎるのか、
 眉間に深い皺をよせ、
 明暗も爽やかないつものビロード服の
 ズボンのかくしに左手を入れた
 どっしりして精悍な気質的姿勢。
 箒の口髭、剛毛の顎鬚、
 啣えたパイプを右手に持ち添えながら
 あなたは立つ。

 おお、あなたは立つ。
 六十年の光と雨とに
 打たれ、撫でられ、鍛えられたあなた。
 尊厳な大地の上、人間のいつくしみの中に、
 歓喜し、酩酊し、ふるえ、また泣いて、
 その青い瞳をこの世の熱気と光明とで満たし、
 その高い額をいつも未来の風に吹かせて来たあなた。
 暴風のまんなかを歩みぬけながら、
 剛毅と希望のぞみ、友愛と慈悲との歌を叫び、
 また常に美のきらきらした露の雫を
 惜しげもなく。
 人類の胸のかおる草々に振りまいたあなた。
 飛躍の霊、実行の精神。
 今ここに立って底知れず静かなあなたは  
 花園に憩っている老いたる獅子だ。

 そしてあなたの雄々しい心臓の波うちが
 私の血管に伝わって以来、
 又あなたのいつくしみの眼のかがやきが
 私の瞳をうるおして以来、
 私の血潮は昔よりも強く高く波うち、
 私の瞳は更に一層この世の光明をうつすようになった。
 おそれげもなく、憚りもなく、大胆に、
 今、私は言うことができる、
 あなたこそ私の父、
 今後自由なひとりあるきをさせるために
 私を抱いて地に下り立たせた父であると。
 あなたは去った、あの情けないルーアンの或る日、
 この世の日光から、海から、人から、花から、
 永遠に。
 しかも、「幾千万年の後、再び生れ出るだろう、
 無垢で神聖で、野生で明るく身をふるわせて、
 物を思う物質の微妙なかたまりが」と、
 かくも雄々しく、涙ぐましく、
 その不朽の熱望を歌ったあなた。
 そのあなたの魂に、
 今こそ更に近く私はゆく!
 今こそ更に烈しくこの愛をそそぐ!

 ああ、サンタマンは荒廃の町、
 カイユ・キ・ビクは見るかげもない。
 しかし私はそれを歎かない。
 彼の精神が私の内に生きている以上私は何を歎こうか。
 花をささげ、詩を誦して。
 さて快活な一盞をあげる事こそ今日の祭にふさわしい!

 

 

 

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 若い主婦

 健康な主婦よ、若い多幸な母親よ、
 あなたの家庭は
 裕福でもなければ貧しくもなく、
 新らしく一家を創業する夫婦の
 協同の勤勉の手と明るい智恵とで処理されて、
 そのまじめで中庸な生活のまわりには。
 いつでも未来の太陽が
 ちいさな翼のように嬉々としている。

 今、郊外の初夏の真昼、
 垣根に咲きからむ蔓薔薇の紅と白とに、
 まして輝かしい静かな時間の移る縁先で、
 夫の留守、あなたは二歳の子供のために洋服を裁つ。
 頑丈な厚い裁板たちいた、爽かな布地、
 そして型紙をあて、チョークをつけたその布地へ、
 あなたはぐっと鋏をいれる、
 ぴかぴか光る決断の大鋏を。

 ああ、その時、なんという力ある創作の悦びが
 新らしい麻布の匂いから立ち舞うか!
 日常生活の
 なんという意義ある一片が形作られるか!
 あなたは生きる、
 優しい愛情と誠実な魂とで、
 この大きな夏と、やがて来る新らしい
 あの透明な秋や氷る冬を。

 穏やかでしかも雄々しく、
 世の人妻、世の母親の生きる美しさ。
 素朴な、趣き深い小径を通り、
 きょうも働いているあなたを見ながら、
 世の多くの健全な女性を私はことほぐ。

 

 

 

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 昆陽先生の墓にて

 小径の上でゆさゆさ揺れる濃緑の葉かげ、
 素朴な石塔を心安げに照らしている正午の日光。
 目黒は谷から丘へかけて、
 もう蟬の鳴く、しんしんたる青葉の里だ。

 ああ甘藷先生。
 平明で豪快なあなたの夢想が、
 とうとう私たちの国土へ薩摩芋をはびこらせてしま。た。
 あなたの深謀遠慮を知らない女共も

 あの霊妙なあじわいは夢寐にも忘れまい。
 ビタミンとか、カロリーとか、
 それもいいだろう、贅沢の利くうちは。
 だが、いざとなると、
 私のような貧乏で元気な芸術家は
 いよいよあなたの恩恵をこうむって、
 秋の金むくの芋ばかり食っても豪放な詩を書くのです。

 

     

 

 

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 古いこしかた

   Vous Rapelez-vous notre douce vie,
   Lorsque nous etions si jeunes tous deux .............
                          Victor Hugo

 六月のよい昼過ぎは木立の蔭の交番もすずしく、
 爪先あがりの往来は淡彩の明るい色をして、
 むこうからゆるやかなカーヴになって曲ってくる。
 そのあたり、頭上にさしかかる縦横の桜の枝、
 枝の編み目をちらちら洩れるきれいな青空、
 つきあたりに出ている夏雲はとおく、白く、
 駒込林町の往来は
 時おりの人のゆききさえ物しずかに、
 仕出しのこころに自転車が現れて又走りされば、
 田舎の曰に焼けた額ににじむ汗を拭きながら、
 久しぶりに逢う友の顔を胸にえがいて
 片かげをつくっている植木屋の垣根へ私はさしかかる。

 ああ! その主人のように相変らず健在な、
 しかし静かに年を経た
 南京蔀なんきんじたみ、渋塗の家の側面プロフィールよ、
 日光と青ぞらとを幅びろに照りかえす屋根の斜面よ、
 レースを懸けて内部は暗い仕事場の大窓よ、
 それから、十年このかた
 私の踏みなれた入口の段々よ、
 青い勿香薔薇もっこうばらのからまる二階の張出しには植木鉢がならび、
 あいた小窓は空と雲とを映して賑やかに花やぎ、
 またいつの間にやら朱塗の寵に
 娘のような相思鳥さえほれぼれと鳴いて。

 きょう夏のはじめの素晴らしいお天気に
 蛇窪の田舎はいたるところ天然の植物園。
 朝早くからみどりかがやく真青な部屋で
 心も静かに仕事をしていたが俄かに友に逢いたくなり、
 おみやげは花、詩を二つ三つ、
 楽しい半日の、末は前川か米久の晩餐を心ぐみして、
 支度もそこそこ、留守はむこうの農家にたのみ、
 東京の町なかの
 お祭のような日曜日の人波を電車の窓から眺めて、
 懐かしい子供の頃を今更に思いだしながら、
 ついに飛んでもない田舎から
 東京もはずれの駒込くんだりへ何時の間にか来てしまった。
 友よ、今私は君の戸口の踏段をのぼる、
 これを踏むことは遥かな思い出を辿りかえすことだ。

 むかし角帯も堅気な町息子の頃から、
 きょう、物を書く身になるまでの遠い十年を眺めかえせば
 運命の絲のもつれに気を腐らせて君をたずね、
 愚かな打明けに君を困惑させたのもいくたび、
 それでもそこの仕事場のモデル台に
 どっしりと腰をおろした君の真率な同情や励ましから、
 この幾年、愛せられ、護られ、慈まれ、
 すらすらと樹木のように伸びて来た。
 ああ、雪の夕ぐれ、
 その窓枠に塩のような粉末のつもる時、
 太い松薪のちらちら燃える媛炉の前で
 「智恵サジェッス」のどんな幾篇を私のために君は読んだか!
 また天の高く、水晶を溶いた秋風の吹きわたり、
 庭の雁来紅、日を浴びてしんと立つ十月の時、
 その彫刻に土をつける君の黙々たる仕事着ブルーズの姿から
 芸術へのどんな熱情を私はとりもどしたか!
 思想のニューアンス、生活のリトム、
 一切の確かなものに艤装されて
 壮年の海の大きな浪間へ私は乗り出した。

 されば友よ、
 きょう古い来し方のしきりに思われる六月の日、
 玄関の戸におとないの鈴の紐をひく前に
 この旧知の踏段にたたずんで感慨にふける私を許したまえ。
 この踏段こそ長の年月見知りの門番、懐かしい老友、
 たとえば何時も健在なおじさんのように、
 私たち二人の友情と
 私一人の戯曲とをうなずきながら眺めて来た。
 この駒込のおっとりした往来に
 あの「考える人」の剛健な夢想につかって私を迎え、
 また夜おそく心勇んで帰る私に
 その三段の足数をいつも忠実に教えてくれた。
 友よ、今胸もほがらかに愛に満ち、
 君の手を握ろうとするこの瞬間、その悦びを長めるため、
 しばし久潤をのべる優しい交歓をゆるしたまえ、
 たとえ壁一重の仕事場の静けさに台をずらす響きを聴き、
 大股にあるく君の仕事着のきぬずれの音に
 瞬時も早く逢いたい思いは高まろうとも、
 今こそ余裕のある心が昔なじみと共にする
 この懐かしくも美わしい回想の数分間をゆるしたまえ。

                      (高村光太郎君に)

 

 

 

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 草上の郵便

 朝の戸口で郵便をうけとり、
 野へ出かけてゆく時の晴れやかな心よ。
 まっさおな空には今朝ももう早く巻雲が
 美しい夏の刷毛目を書いている。
 空気はぴかぴか、
 横ぎってゆく空地は雑草でさんざん、
 藪だたみの小径には栗の花がもう卵色の長い穂を垂らしている。
 ひやりとしたその路をできるだけゆっくり歩いて
 やがてからりと開げた武蔵野の畠へ出る。
 そうして眼もはるばるとした夏の朝の広袤のなかで、

 たった一人のうごく点景である自分を意識しては、
 生きている身の悦ばしい自由を今こそ感じる。
 私はいつもの樫のこかげへ足を投げだし、
 さて朝早くから郵便やのとどけてくれた
 人の消息の花束を静かにほどくのだ、
 そこに落ちかげる青絹あおぎぬのような光を浴び、
 風をまとい、風景に漂蕩し。
 この壮麗な朝を
 きょう初めての事に思いながら。

 

 

 

 

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 村の孟蘭盆

 七月は竹の林の新緑の月、
 七月は村から村、森から森へと
 ひぐらしがその銀笛の音をからげる月、
 そして七月は善いたましいの精霊しょうりょうさまが
 そのなつかしい家々を訪れる孟蘭盆うらぼんの月。

 村の辻の小川のへり、
 そこから高い欅並木のはじまるところ、
 カッテラのまっかな焔が油煙にまじって
 ささやかな青い草市が立つ。
 竹や草の葉で作った仏壇のかざり、
 麻殼おがらに蓮の葉と蕾、
 茄子に、まくわうり、ほおずきに、水蜜桃。
 人の世のあわれと慈みとが
 さびしい村に殊勝な賑わいの夜露を降らす時、
 ふかい天には銀河が斜めによこたわる。

 昔ながらの義理がたい中元のお使いが
 村道をとおり、畠を抜け、
 炎天の真下や涼しい藪かげで往きちがう。
 目にめずらしい、愛すべくうれしげな
 リボンや、桃割れや、お太鼓結びが。
 いそいそと、少しはにかんで、
 風呂敷づつみ片手にうつむいて通る。

 木の間からちらちら洩れるお迎え火。
 仏壇の燈明ばかり明るい母家をうしろに、
 そのゆれる火影ほかげに照らしだされた
 単純で、善良な、
 古い農家の家族の顔。
 むこうには、路の角に樅の大木が立ち、
 その下の地蔵堂にはしろじろと蠟燭がともり、
 桃いろの涎掛けした地蔵尊の前にぺたりとすわって、
 村の老婆が鉦をたたいて念仏をとなえている。
 束になった線香の息もつまるような煙や、
 水いろのほのぐらい盆提灯が風に揺れる、
 小川づたいに
 暗い笹藪をうごかして来た風に。

 十五、十六の楽しい二日、
 畠には農夫の影も見えない。
 畠には閑散に雀のむれが散っている。
 お針も休み、洗濯も休み、殺生は禁断。
 蟬の歌が木立を縫う村のいたるところを
 若者や娘たちの明るい浴衣がゆききする。
 そして無人な家の内には年寄りが居のこり、
 風鈴の鳴る閑静な縁側で茶呑み話をやっている。

 さて夜は
 ほうぼうで子供の上げる花火の音、
 都には遠い田舎の清新な、素朴な悦び。
 中庭や畑の闇を
 ぱあっと照らし出すマグネシューム、
 木立の上にひらく綺麗な青玉、赤玉。
 こうして、やがて、
 なごりの惜しまれる送り火も灰となれば、
 孟蘭盆最後の夜はしずかに更けわたって、
 田舎はかがやく星空と
 秋を呼ぶ虫の声ばかりの世界となる。

 

 

 

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 我が家の台所

 昼過ぎのさっぱりと片づいた台所、
 磨すり硝子の障子の中のいきいきした小さな世界。
 棚の段々には壜や皿小鉢が涼しくならび、
 青べりのコーヒー茶碗は列になって釘にかかり、
 桶に汲みおきの井戸水はひっそりと澄み、
 洗って懸けた小桶が
 ぽたりと最後の雫を落とす。
 そして天井を四角に切った引窓は
 梅雨つゆの晴れ間のすばらしい青空と樫の梢とを嵌めこんで、
 こんな休息の瞬間にも一つの永遠を思わせる。
 そよぐ青葉、はじだけ見える真白な雲の肩、
 暑い、力ある日光が斜めに太くそそぎこんで、
 この小さな台所に、夏の素描の
 きっぱりした明暗と生気とをつげる。

 

 

 

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 裏 道

 むこうに輝くプリズムの海が見えて、
 白塗りの低い垣根に
 立葵やペルシャ菊の咲いているような
 そんな瀟洒な海岸の小径でもなく、
 また物静かな愛のそぞろあるきにふさわしい
 青葉の下の並木路でもなく、
 朝晩は勤め人のゆききの織るような、
 ここは郊外の町の停車場に近い細い裏道。
 今、六月の昼さがりは往来の人も稀に、
 片側はトタン塀、
 片側は板塀や庇ひさしのでこぼこ。
 その塀に沿って貧しい雑草が夏らしく生えつづき、
 ひなたの矮鶏ちゃぼと、日かげの小犬、
 物干竿にひるがえる襁褓むつきと、咲き初めの緋色の柘榴ざくろ
 つきあたりに停車場の陸橋、
 頭の上には突きぬけの青ぞら。
 しかし、この真夏の午後、
 一枚のゴッホを買いに東京へ出かける身には、
 このごたごたと見すぼらしい新開地の裏道が、
 人生と自然との
 その一箇完全な調和の光景で、
 じつに傾倒すべく、愛すべく、
 美しく、また楽しい。

 

 

 

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 日没の時

 よい日の暮に誘われて
 もう虫の鳴いている空地へ出ると、
 密生した鉄道草が塔のようだ。
 並木をかぶった村路が
 水のような空気の中を走っている。
 木々のすきまは落日の真紅に燃え、
 溝はギャランス、積藁は金茶。
 その村路へ登場する人物は
 黐竿を持った子供たち、
 肥桶の車を牛に曳かせた百姓、
 紺の法被はっぴに白股引の夕刊配達。
 そして逆光にすきとおるばかりの竹薮の間からは
 しっとりとした藁屋根が見え、
 薄紫の中天にまっしろな
 巻雲けんうんがひとすじ渦を巻いている。

 

 

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 静かな夏

 東京から買って来た二三冊の書物を、
 まだ紐もほどかず叮嚀な紙包みそっくりそのまま
 梅雨つゆばれの緑すきとおる座敷に置いて、
 何かこそこそと台所を出つ入りつ、
 茶を焙はうじ、菓子皿に菓子をうつし、
 はては晩飯の用意の水汲みまでして、
 新らしい書物に手を触れる快心の楽しみを延ばす
 ああ田舎暮らし、ひとり身の静かな夏よ。

  

 

 

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 土用の入

 新橋は「うつぼ」の牛肉の
 強いぶつぎり。
 そのぐつぐつ煮えてとろりとした味噌鍋を、
 今日、しかも土用の人の暑さだというのに、
 花と竹藪と、畠と太陽との田舎から、
 気やすめのような夕風に誘われて。
 おれは東京まで食いに出かける。

 烏瓜のドロンウォークの花が
 浮き出たようにしろじろと咲く井戸端で、
 頭から五六杯の水をかぶっていると、
 夜目にも青い樫の葉むらの間から
 五日のお月様が黄金おうごんの靴のようだ。
 ああ、よくも散歩し、よくも働いた今日一日の
 後悔も疚ましさも持たずのびのびと軽い心には、
 清浄にうるわしい月のかたち、樹々の姿、
 さては田舎にひろがる大きな夜よるそのものが、
 何とすがすがしく、爽かに、
 また何と楽しく生き生きと感じられる事か!

 糊の利いてかみしものように突張った
 洗いざらし、つんつるてんの単衣ひとえも気にはならない。
 それでも行儀よく足袋は穿き、
 身だしなみの一滴もひっそり薫らせ、
 プロヴァンスの太陽と麦畠との剛健な歌い手、
 フレデリック・ミストラルが「ミレイオ」一巻をふところに押しこんで、
 なにはあれ、夏の夜の健かな食慾を満たして来ようと、
 艶あでやかな月光のちらちら洩れる楢並木を、
 紫がかった空のむこう、
 金剛石色に光っている
 遥かな東京めざしておれは往くのだ。

 

 

 

 

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 水 際

 水晶の念珠のかろく打ちあう水の音、
 書きながす蘆手模様の涼しい波紋。
 その水際から湧きおこって、
 半透明の練玉を玉につづる
 あじさいの花の青い静かな房々。

 落日の青みがかった金色の光が
 橋の挾の高い楡の梢から
 無心の小鳥のように飛び去ると、
 暑い一日のあとの平和な夕暮が完全に来る。
 ある清新なたのしさ、やすらかな信頼が、
 ほのぐらい地から、
 また水のほとりの微光からうまれる。

 瑠璃いろの花のかたまりは
 この水と、この空気と、
 この微光とが冷めたく凝って出来たよう。
 眼はおのずからこれに吸われて、
 その冷めたさと清らかさが
 からだじゅうに伝わってくるかと思われる。

 低く架けわたした板橋に立って
 しずかな心で眺めていると、
 エメラルドのその葉から向う岸の楢の枝へと、
 一匹の逞ましい美しい蜘蛛が  
 かがやく絲を強く張って、
 たそがれのいけにえを待つ
 水の上の大きなダイヤモンド形を編んでいた。

 

 

 

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 晩 夏

 椋鳥の飛来、秋の消息。
 そして私、毎日の散歩者は、
 野中の青い栗の木の下から
 地平をわたって来る彼らの幾群を眺めて、
 もはや間もない金色こんじきの九月十月を
 心からたのしく想像する。
 この木蔭の一点からひらけて
 光りかがやく晩夏のひろがり。
 無量の午前、豊麗な午後、
 または壮大な緑の落日。
 よく帽子をとって風に吹かれながら、
 思わず敬礼の念にみたされるほどだ。
 ああ田園の空を鳥群は賑わし、
 陸稲おかぼは青く、胡麻は花さき、
 農家の瀬戸に鶏頭はそだつ。
 完全な夏のおわりの完全な美。
 心に秋を待ちながら、
 現前の風物に恍惚とする時が多い。

 

 

 

 

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 秋 風

 けさ早く井戸ばたで、
 まっさおな空に
 秋風の高いひびきを私はきいた。
 おお蔓草の葉のむれに日は落ちこぼれ、
 藤むらさきの物のかげ
 さわやかに地をぬらす初秋よ!
 水晶に似てつめたく、すきとおり、清らかなもの、
 肉身とたましいとに瞳をあげて静かにそだつ初秋よ!
 天空に風がふきならす角笛をきき、
 地に青苔の石をなでる黄金おうごんの縞もつ水を見る。
 心は新らしい善をねがい、
 精神はかぎりない飛躍を欲し、
 堅きがゆえにくだかんとする気魄、
 未来の一切を現在に集結してこれに突き進む!

 

 

 

 

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 女 等

 尻っぱしょりに結いつけ草履、
 姉さんかぶりや海水帽子、
 災厄にめげぬ明るいたましいと、
 その真剣さと、その親切さと。
 異常に美しいわが東京の女らよ、
 おんみらの灰ばみ褪せたおくれ毛を
 巨大な九月の太陽は金色こんじきに煙らせ、
 秋風は吹いてなつかしく梳くしけずる!
 ああ毎日の壮大な廃墟のなか、
 避難と救済との世界的な騒擾のただなかで、
 一切の無駄をかなぐり捨て、
 真の面貌にかがやき出るおんみらこそ美しい。
 かつて見もせぬ魂と姿との合体は、
 処女と母性との光を知らずしてふりまきながら、
 讃嘆と信頼とをわれらの心に湧かしめる。
 厄難から立ち現われた未知の花、
 新らしい「永遠のアンチゴーネ」の群よ!

              (大正十二年九月東京大震火災の記念として九月十日作)

 

 

 

 

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 母

 むこうの横町の魚屋の店さきで、
 避難の母さんが女中をつれて
 鰈かれいだか平目だかを切らせている。
 ちいさな髷の、小ざっぱりした母上よ、
 年をとっても下町育ちの争われぬ母上よ。
 あなたの元気が私にはうれしい。
 身ぐるみきれいに焼け出されながら、
 清朗な心でいるあなたがうれしい。
 それだからこそ、
 電車、自動車、人、車、
 牛込のにぎやかな坂通りで
 私は小手をかざしてあなたを見たり、
 雲の美しい秋空を仰いだり、
 何がなしにほほえみながら
 やっぱり明るい信頼をこの世のすべてに送るのです。

                   (東京大震火災記念として)

 

 

 

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 九月の樫

 もうどこかひやりとした薄赤い初秋の日光を、
 小鳥の声のうれしい朝の内から
 爽かに浴びてひろがる九月の樫の美しさよ。
 わけても前方にさしでた一枝は心にかなう。
 かすかに動いてしかも強く、
 豊かであってしかも清い。
 賑やかなとりいれの野を吹いてくるそよかぜは
 かずかずの木々の明るい膚を愛撫して、
 やがてお前のほそい、かろい枝先や、
 静かな、つやつやした葉をすこし揺さぶる。
 そして、日光と空気との中でするお前のそよぎは
 まるでつつましい悦びの身ぶりのようだ。
 あの冬の日の北風や氷雨ひさめにむかう
 凛として果敢なお前の精神は、
 秋の初めのきょうの日では
 まだ甘い樹液のかよう組織の束の中に宿っていて、
 ゆっくりと、毎日の
 金きんのような日和につちかわれている。
 私はまざまざとそれを感じる。
 しかも甘美な葉むらのその一枚一枚の明潔さと、
 腱のような枝のその一本一本の強さとを
 どんなにあつい讃嘆の心から今私は眺めるか、
 お前、秋の槿むくげの藪ちかく
 楯のようにかがやく枝を持つ九月の樫よ。

 

 

 

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 海

 まるで途方もなく大きな真珠貝のように、
 またアラキニの織った無窮の色の布のように、
 みどりの入江からぴかぴか光る沖合まで、
 高まる海は永遠の空の下でまどろんでいる。

 砂浜の白い縁縫いのつきるところ、
 陸の出鼻がしっかりと突き出ている。
 その岬を登ってゆくかわゆい家々は花壇の花、
 海角をめぐって打ちあげている波は輝く羽毛だ。

 ここでは截然とけずりさげた断崖の真下、
 岩の裾を海がゆるんで潮が大きくうねっている。
 水の光幕をすいて神秘に明るい底が見える、
 ゆれうごく髪のような藻が見える。
 透明な明るさの中で泳ぐ魚はまるで虹だ。

 足もとからこの大洋が生まれるかと思う。
 岩礁の床が自身の重みで沈んでゆくかと思う。
 底知れぬ力で高まってくる無量の水を見ていると、
 不可思議な錯覚が人をその澎湃の夢で包んでしまう。

 いちめんのプリズムの海にちらばっている漁船は
 天からの眼に見えぬ絲で操られているもののように軽い。
 天? しかしこの漫々たる凪の海に向かっては、
 天と水とを分つことさえ不可能なことに思われる。

 その間にも海は絶えず歌っている、
 歓喜を永遠のものに鍛える歌を。
 波打際は海のオラトリオの合唱壇だ。
 きらめく水平線から入江の暗い洞窟まで、
 海は今日という日の盛福の音楽にどよめいている。

 おお海よ、
 ひかりかがやく熱気の花園の海よ、
 およそどんな魅力もかほど健康ではない海よ!
 いつも満を持した壮麗な調和のなかに、
 君はあらゆる夢と現実とを織りたたんで花咲いている。

 おお海よ、
 オゾンと塩基と沃度との匂いにみちた海よ!
 とおく歌の吹きながれて、船の帆ばしる
 君の荒い潮風は私の勇気だ。
 曙が君を虹いろにし、
 夕暮が君を紫にする時、
 君のかなでるそよかぜと波の音とは私の歌だ。

 おお海よ、
 いつも私の芸術に打寄せてくる海よ、
 瞑想と飛躍と優美と放胆とを
 ならび持って自由な海よ、
 あらゆる感情と、あらゆる力とを千尋の底深く蔵しながら、
 その強大な電熱を
 虚空にむかって放射している盛んな海よ!

 海よ!
 君の天空色の青春と、君の澎湃する意力と、
 君の燦然たるしぶきと、君の荘厳の響きとが、
 常に私の誇りある気魄に宿るものであってくれればいい。
 壮年の今日にあっては果敢と奮闘との精神であり、
 やがて来る老年の夕べには
 澄みわたった平和の魂であってくれればいい。

 ああ海よ、いつも私の夢想と霊感とであるものよ!
 無限の神秘をまんまんたる水につつんで、
 みどりの入江から正午にかすむ沖合まで、
 今、高まる海は永遠の空の下で朗らかに歌っている。

 

 

 

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 秋の朝

 きのうの雷とどしゃぶりとで
 急に秋らしくなった今朝の往来は、
 小石のあたまも洗いだされて光っている。
 檜の垣根は深みのある緑のむらむら、
 柘榴や山茶花の厚い葉は硝子のようで、
 それらの葉越しに
 郊外の小さな家の屋根の行列が、
 今朝のような時の心にはどんなに親しいか。
 湯屋の煙突は朝湯の煙をのんびりと空に上げ、
 その空を無数のとんぼが飛びちがう。
 なにげなく通りがかりに八百屋の店の奥を見ると、
 まっさおな、まだ堅い、つやつやした林檎が、
 しかも杉なりのうずたかく、
 土間の暗らさに光っている。
 ぼんやりその光景に見とれながら
 たちまち思い出したのは高麗青磁の秘蔵の皿。
 ふいっと楽しくなり、微笑がうかび、
 心は花か波のように揺れさわぐ。
 私は無けなしの銀貨二枚の
 わけてもよく光るやつを幾つかの林檎ととりかえて、
 さてその紙包みを小脇にかかえ、
 このごろはじめた油画の
 静物の構図と色彩とをもう眼の前に描きながら、
 新らしい悦びに有頂天になって村道を帰る。

 

 

 

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 古典の空

 雲をちりばめた西方の青ぞら、
 ましてや秋の朝がたの
 たわわの柿に頬白の来る井戸ばたで、
 みなぎりわたる空気を通して
 はるかに眼をはなてば、
 ああその青ぞらは古典の美、
 永遠の中世期を思わせる。

 

 

 

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 樹木讃仰

 我が家のうしろに
 私は一本の唐椎とうじいを持つ。
 よく音のするきれいな小川を中にして
 彼はその累々たる葉むらのかんむりを
 爽かな村路の上に
 ふかく、重たく、さしかげている。
 よろこばしい青空と太陽との空間、
 村の遠い入ロから幾十の立木をこえて見える彼は
 まるで燦々とかがやく緑の傘のようだ。
 また、天に百千の星の散って。
 ふかぶかとした路の奥、そよかぜの休息の歌に
 田舎はこんもりとねむる夜。
 この村落の中ほどにひとり魏然として立つ彼は、
 その絶大な翼の下に
 雛をまもって身を伏せる大鳥のようだ。

 村人は知っている、一人のこらず、
 昔彼らがまだ子供であり娘であった時から
 ここに立っていたこの唐椎を。
 彼らは愛している、この古なじみを、
 その頃でさえもうこんなに大きかったこの樹木を。
 彼の張りまわす豊かな木蔭は
 そこに天鵞絨や宝石のような小魚や虫の棲んでいる
 どんなにいい川狩の場所だったか。
 また彼が来る秋毎におとす鋳銅の実は
 どんなに嬉しい、たくさんの独楽になったか。
 しかしそれよりも多くの事を。
 かずかずの歴史を、
 彼らの祖父らの世から父らの時代にかけての
 百年の昔を、得意を、失意を。
 人の世のかわる淵瀬のことごとくを、
 風こそ、雨こそ、太陽こそ、星こそ、
 そしてこの唐椎こそ見て来たのだ。

 四月に、私は彼を愛する。
 再生の季節のほがらかにゆるんだ春風が
 そよふく風の優しさと甘美とをもって
 年ふりさびた彼のいかめしい樹幹を吹きめぐる時、
 その皺みこわばった樹皮の鎧の下にこそ
 新らしいいのちの汁液のこんこんと流動して、
 その大いなる永遠の若さが
 自分の内にも呼びさまされて
 生きうごくのを私は感ずる。
 それから五月、初夏のころ、
 紫の藤の房飾りが甘やかな匂いをはなつ幸福の日、
 その千万の葉のむれが、
 なごみ渡った空の下、
 かおる微風にひるがえる音に
 冬にうばわれたあの典雅な音楽を、
 たえて久しい自分の愛の詩を、
 ふたたび取り戻した嬉しさに身ぶるいする。

 夏が来て
 天空が深遠な海のようにひらけ、
 花やかな熱気が終日彼の昼寝をゆする時となれば、
 それは大空の下の
 光耀と陰影との巨大な巣である。
 蟬の歌が周囲幾町のあいだを震撼し、
 この天然の堂宇のまわり、
 青絹のように底びかりする虚空を
 玉虫の群が歓喜にくるって飛びめぐる。
 またよく、昼すぎの空間に電気がみち、
 天が俄かにかきくもって黒雲の層が厚くかさなり、
 万物ことごとく沈黙して、風がひとり
 つめたく荒くふきおこる時、
 彼は身をふるわせてその真昼の夢から醒める。
 やがて、射おろす稲妻、とどろく雷、
 それにつづいて、地を圧する
 滝津瀬のような無量の雨。
 わが唐椎はこの時こそ巨人になる、獅子になる。
 横しぶきの雨のなか、紫の風のなか、
 またおどろなす闇のなかで、
 しきりなく十字をえがく黄銅の電光に照らされながら、
 彼はその千万の咽喉のどをもって咆えたけり、
 小山のようなたてがみを逆振りして
 おのれを扭じたおそうとする嵐のいきおいに抵抗する。
 私は忘れない、この夏の日の壮烈な格闘を。
 その思い出は安易な時の私を敢然とさせ、
 私の魂にいつも断乎たるものを眼ざます。

 季節がかわって
 雲のうつくしい秋が来る。
 瞳をあらうきよらかな眺望と
 心をよろこばす黙想とに誘われて、
 私の毎日の散歩の路が遠くまた広くなる。
 見よ、静観と新涼との並木路の奥に
 十月は
 なつかしいうすみどりの天門をひらいている。
 しかし唐椎! 私の思いは彼にゆく。
 よく、小川のへり、彼の真下に立って、
 八重十文字に地にくいこんだ根の張りから
 底しれぬ潜熱の力を私は感ずる。
 またそのかんかん響くような鋼鉄の軀幹から、
 逞ましい心胆と、弾力ある健康との
 いかに望ましいかを私は感ずる。
 そして、ついに、
 汪盛に繁茂した枝葉の闇を見あげながら、
 欝蒼たる思想の含蓄の
 いかに無限の美を人に加えるかを学ぶのだ。
 こうして彼と共に生きる月日の終り、冬にこそ、
 一切があらわにされた凍結と真実との季節にこそ、
 あつい熱情が私の内に確かな信念となって凝縮する。
 私は彼を愛し、彼に学び、かつ彼を讃嘆する。
 そして祈り、かつ願う、
 彼がいつも私のそばにいて私の生活に入りまじり、
 私の生きる月日と芸術との
 ゆるがぬ規範となるようにと、
 また日を浴び風にはためくその枝や葉が
 私の詩のよく飛躍する章句となり、
 その魏然たる相貌が
 同時に私の相貌となってくれるようにと。

 ああ、日々にいやます愛と熱情と
 また尊敬の念とをもって私は彼を讃仰する。
 それは彼が光輝と陰暗との時を通じて
 いつも颯爽たる精神と剛毅な魂との象徴であるからだ。
 そして永遠に若く、純潔に、
 潑溂たる美の模範、
 また人間の帰趨の教訓で彼があるからだ。

 

 

 

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 朝狩にて
        (寓意として)

 御執みとらしの梓あずさの弓の
 鳴弾なりはずの音ひびかぬ日もない宇智うちの大野を、
 帝ていはうしろにあまたの臣下を具しつれて、
 きょうも、まだ朝露の薄の原を
 ゆうゆうと馬をすすめられた。

 御頸みくびにかけた勾玉まがたま
 さらさら鳴らす大和の国の秋風よ!
 かなたに、朝の日を浴びて
 海のような稲田のみのり、
 その果てに青い煙を立てている
 ささやかな民の家々、四方の山々、
 帝はうなじを上げて、ほがらかに、
 天地の秋を歌われた。

 その時、はしなくも帝の瞳に、
 香具山かぐやまさして、澄みわたる秋空たかく、
 ただひとり飛んでゆく一羽の雁の姿がうつった。
 ああ、秋の青空を
 孤独の雁のうつくしさよ!
 しかも、鐙あぶみをふんばり、身をのけざまに
 帝の射た矢はみごと雁の脇腹をぬいた。
 雁は二三度くるくると空をまわって
 やがて礫つぶてのように野に落ちた。

 帝は、この時、憮然として手綱を取られた。
 そのあまりに巧みな弓矢の術が
 この可憐な秋の一点景を
 さばかり無造作にかき消してしまったからであった。

 

 

 

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 花崗岩

 山の半腹には
 こんじきの日光がさざめき光り、
 山のまうえ、はるばるたる大空には
 雲の高いつばさが飛び、
 断崖のました、荒磯の岸をめぐって、
 海は
 青と白との波模様を敷きひろげる。

 ああ、鉱石のように
 つめたい、清らかな、日本の秋の風!
 その秋風を額にうけて、
 ここ、曼珠沙華の血の色のしべが
 十月の心を刺し縫うところ、
 若者は
 山のはだえに鉄鎚をうちあてて
 花崗岩かこうがんの巨大なかたまりを切りいだし、
 また、乗りまたがって
 これを割る。

 天空にこだまする鋼鉄の鎚のひびきよ!
 花のあいだに飛びちる屑よ!
 発矢はっしとばかり
 四周の秋にうちあてて、
 鏗然こうぜんとひびきをおこす何たる法悦、何たる陶酔!
 樫の柄をにぎるたなごころに
 稜々たる大地の背骨を感じ、
 またその飛びちる鋭いきれはしを
 明るい無垢の瞳にうつして、
 新らしい勇武に、
 清爽な美に、
 その汚れぬ魂をよりかからせるのだ。

 ああ、日本の秋の
 天空と雲と、花と風と、
 際涯なき海のはるばるたる波模様!
 ここ、断崖の高い石切場に、
 十月は、今、こんじきの日光を降りそそいで、
 青春の鉄鎚がえがきだす
 白と、薔薇いろと、藤紫との、
 花崗岩の輝々たる紋理に接吻する!

 

 

 

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 健 康

 大空はあくまで澄んで深遠な秋、
 金の沐浴した万物を
 水晶のような風が打つ。
 この日光と蒼穹との新らしい花盛りの地上に、
 私はおのが健康を感謝し、
 この体軀を祝福する。

 背たけの高い桜蓼と雁来紅とが
 初秋のアラベスクを織っている。
 その垣根の小径を口笛吹いて通りぬけると、
 私を待伏せしているレンブラントの素画めいた風景の
 おお、とんでもない秋日和!

 清らかな小川のふちで釣竿が光る、
 鏡のような川下の堰で家鴨が光る。
 扇のように遠くひらけた稲田のむこう、
 ほそい姻突から房々した煙があがる。
 野中の工場の作業の音、
 レールを踏む車輪の響き、
 子供たちの声にまじった家禽の声。
 それが、私の耳には、
 管絃楽をつけたコルネットの
 ゆたかにひびくアリアのようだ。

 空気は濃厚、新鮮、
 まるで葡萄酒かパン。
 私はそれを口にいっぱい頬ばって呑みくだす。
 袖をまくって日に焼けた腕を日光の中に突き出すと、
 鳶いろの膚肉を透いて
 鮮血にみちた血管がリトムをきって波をうつ。

 昔の飛脚よりも、馬よりも、
 速くて強い私の脚、
 これが金べりとった秋草の路をどこまでも歩くのだ。
 漆よりも黒く、草むらよりも生い茂った
 額をかこむ乱れ髪、
 このむらむらが水晶の風の中でうれしげに躍るのだ。

 健康は盛福、不死の瞬間、
 今生れ出た者のように
 天地のひびきに耳を澄まして、
 人間苦、世界苦の遥かかなた、
 人はきょうも牧歌の最善なものを聴くのだ。

 ああ、健康よ!
 私はかかる健康を欲し、讃嘆し、
 また万人のこれを持つことを祈る。
 精神と意志の八衢やちまた
 組打ちの中にも歌ってけだかい快活を、
 いつも満月と引絞った弓の健康を、
 高らかな調和の弦と決断の指先とに支えられながら、
 時来れば、しろがねの鏑矢かぶらやとばす
 黄金おうごんのアポロの弓の健康を!

 

 

 

 

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  も ず

 秋の夕日をつんざくもずの高音たかね
 冬の飛将軍、彼は
 梢のもっとも高い尖端で光と空気とに酔い、
 遠方の地平線に
 おもいを飛ばして鳴きしきる。
 あの国境の山脈を、
 そこをいろどる朝夕の寒さを、雪を、
 いちはやく無心に感じながら、
 放胆に、不敵に、
 ロバート・バーンズのように彼は歌う。

 

 

 

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 蹄鉄打ち

 燃えろ、燃えろ、カンテラの火、
 さびしい田舎の村はずれで。
 燃えろ、燃えろ、赤く、黒く、
 北風のなか、闇のなか。
 そうして夜更けを怖ろしくしろ。

 そこにはちいさな馬車屋がある。
 それよりちいさい庭がある。
 庭をめぐって、冬の怒り、
 冬の憎みの柊ひいらぎが立つ。
 燃えろ、燃えろ、カンテラの火。

 馬が一頭、男が一人、
 男は馬に蹄鉄を打つ。
 馬はうしろむき、男は立て膝。
 鉄と鉄
 撃ちあえば、
 熱い火花がぴかぴか飛ぶ、
 意気地の熱火が烈しく飛ぶ。
 燃えろ、燃えろカンテラの火。

 男の横顔を貧がくまどる。
 しかしその眼は燃えている。
 何に燃えるのか人は知らない。
 だが、決意の形相はつねに真摯だ。

 頭の上には駄馬の尻、
 風は野ざらし、歳の暮。
 揺らげ、くすぶれ、カンテラの火。

 打て、打て、発矢、意気地の鉄鎚、
 柊の庭の蹄鉄打ち、
 冬の寒夜の蹄鉄打ち。
 真摯のまなじり、怒れるかいな、
 権勢の鉄扉もいつか砕け!

 そうして、師走節季の赤ぐろい火、
 燃えに、燃えて、カンテラの火、
 馬車屋の庭のドミエの画を
 すごく、てらてらと描えがきだせ!

 

 

 

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 落 葉
         愛するミレーよ、君が悲哀を見たところに、
         私は幸福の一つの姿を認識した。

 くろぐろと田舎をいろどる夕風に誘われて、
 もみじ、欅けやき、楢なら、くぬぎ、
 千百の可憐な落葉が
 鷓鴣しゃこのように、吹雪のように
 飛ぶよ、散るよ、霏々と舞うよ。
 十二月の暮れがたは一つ星の金鋲打って
 空は北海の鯖の色。
 吹きまく風に枝はふるえ、硝子戸は鳴りひびき、
 人の心もいやまして慈しみを思うこの時間に、
 群れ、つれだち、後を追って、
 明るい季節の生活から
 大地のねむりに帰ろうとするか、
 たのしい夢につこうとするか。
 ああ田舎を染める夕風のなか、
 同じふところに飛びこもうと急ぐ子供らのように、
 枝をはなれてにぎやかにも舞い去る落葉の群よ。

 

 

 

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 冬の木立

 あんなに豪奢だった秋の誇りのゴブランを
 惜しげもなくからりと振りおとして、
 昼は金粉まく小春日の空気のなか、
 浅黄の空のなつかしく、とおいのに、
 灰いろさわやかな簡素な姿を、
 村の片隅や野の路ばたの日あたりに、
 整々と立ち張るきよい木立らよ!
 都会ははるかに、稲むらはあたたかく、
 連山の見える平野の風景に、
 孤独のひたき、水飲みに来て、
 くちばしを濡らすたのしい午後、
 木立よ、
 おんみらの姿を私は新らしい悦びとする。

 根がたには錆びたみどりの苔をつけ、
 なめらかな銀の膚には光明と寒気をまとい。
 つよい枝張りは煙のように、針のように、
 天にひろがり、天を刺し、
 路のべに錯落たる影をえがく。
 冬の聖者、冬の法悦。
 若葉の夢を黒いこぶしに握る
 おんみらの隠忍こそ今の私にはふさわしい。
 ああけだかきものに胸うたれよ!
 信仰の新らしき美に額ひたいを昂げよ!
 きょうもまた風のように野を往きながら、
 きよらかな冬の木立に
 わが魂の風景を私は見るのだ。

  

 

 

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 眠られぬ夜のために

 眠られぬ夜のために私は何をしよう。
 夜は平野に雪の婚姻飛揚ヴォルニュプシアルを舞わせ、
 夜は黒い木々に遠い春を物語っている。
 眠られぬ夜のために私は何をしよう。
 ああ、内に燃える歓びの聖なる火よ!
 私はひとりではない。
 愚かなる心も神を持ち、
 内なる神に寄り添わんとするあこがれ
 今宵私に燃えて楽しくも眼を冴えしめる。
 我が家のそとは野をいちめんの雪の祭、
 心は神々しい歓喜の祝祭。
 冬の深夜は周囲に静寂のかがやく剣つるぎを植えつらねて、
 その中に波だつ思いをたちさわがせる。

 眠られぬ夜のために
 胸に手を、
 内なる神と私は語ろう。

 

 

 

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 日の暮

 おお、なんという寒いきよらかな日の暮が、
 今、私の村を、あの遠い、なつかしい、
 あかね錆びた夕やけの空と、
 ひろびろとした無限の美とでひたしていることだろう!
 風景はすべて幻燈のようだ。
 螢石いろに澄んだ深い中ぞら、
 その中ぞらに
 髪の毛よりもほそく、蠟よりもやわらかい、
 今にもとけいりそうな三日月の金の輪。
 その下に、こまやかな枯枝を編みあわせて。
 この小さな村をかこんでいる物語めいた黒い林、
 ほのかに空の光をちらして
 もう霜のむすんでいる枯草の路。
 寒さは身にしみ、息はしろく、
 鼻さきも、頬も、手の指も、
 すべてまっかに凍えながら心は底しれぬ愛にみたされ、
 おちこちの森かげの、
 貧しくも平和なともしびをいつくしみながら、
 さくさくと下駄の下に鳴る土をふみしめて、
 三角畑を我が家のかたへと曲がれば、
 風はくろぐろと冬のたそがれをいろどり、
 人かげもない路の小川のへりに
 私の愛の樫の若木は重たげなあたまを垂れ、
 夜目にも青いその葉むらの上、
 ああ燦爛としてカペラの星のかがやくよ!

 

 

 

 

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 蛇窪に別れる

 むかし惑溺的に美しかったこの窪地を
 安普請の家作が菌きのこのように埋めてゆく。
 竹林と、木立と、葉がくれの農家、
 百舌と、山鳩と、かわせみの里、
 自然にうずもれた牧歌の村々へ
 都会の楽隊が練りこんで来た。
 青ぞらは遠のき、微風は落ち、
 季節の衣裳は天へのぼった。
 煙突が空間を横領して、
 愛染の地を小鳥は見すてた。

 

 

 

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 自我の讃美

 おお、私の肉体よ、
 一切は常にかわる事なく美しく又盛んであろう。
 お前の細胞がことごとく分解して
 やがてあの鋳銅のような樅の樹幹に吸収される時でも、
 またお前の骨髄が微塵に帰して
 大地の粉末のもっとも軽いものとなってしまう時でも、
 さらに、千百の翼を羽ばたかせた燦爛たるお前の夢想が
 ある夜の空の悲劇的な暗黒のなかに
 その飛翔の行方をついに見失ってしまう時でも、
 自然は正しくその季節の壮麗を繰返し、
 人は古い大地の上に
 彼らの潑溂たる夢想の構図を、絶えず新しく、
 一つは一つといやが上にも建設してゆくであろう。
 分解したお前の細胞と
 微塵に帰したお前の骨片とが、
 もはや影さえとどめずまじりこんだその大地の上に。

 おお、その時こそ、私の肉体よ、
 人はお前の存在を
 地上いずくの片隅にも決して見出すことがないであろう。
 たとえ五月の大きな美しい朝が来て
 かつてお前の立つことを悦んだ垣根の格子に
 淡紅うすべにと卵黄らんおうとの蔓薔薇が
 その悦びの幾千の目を開こうとも、
 またかつてお前の瞳が
 あんなにも飽くことなく凝視することを楽しんだ水平線に、
 海のはてからおとずれる永遠の八月が
 その勇壮の雲の峯を立て、波の青い花模様をひろげようとも、
 お前の魂の飛躍は
 もはや決してお前を奮然たらしめることはないであろう。

 しかも、人間とは何という広大な欲望と夢想との本体であることか!
 不可解の花崗岩に探求の鉄鎚を打ちあてて
 一粒の真理を抽きいだそうとする者らの熱中、
 最善最美をこころざして
 新らしい天国のまぼろしに瞳を燃やしながら、
 絶望を知らず、自棄を知らず、
 幾千年を懲りずまに
 バベルの塔を立てまた立てなおす者らの執着、
 また、あらゆる主義、あらゆる主張の鮮かな旗々を
 その悪戦の血と歴史とで更に悽愴にいろどりながら、
 こんじきの真昼の下、青白い天の篝火の下に、
 惨として、
 その防寨を築き上げる者らの悲壮な狂信、
 そして又、世界を飾る不朽の月桂冠を編むためには、
 形なきところに
 かつて存在しなかった形の真実と典型とを刻み出し、
 その恐るべきまた感歎すべき魂の傾聴が
 天使の歌と宇宙の律とを奪いきたって
 光に顫える音響の星辰天を地上の空間に織りつむぎ、
 また蒼空を、太陽を、海を、野を、山を、
 一切自然の壮麗を
 そして彼ら自身の姿をさえ永遠に彫りつけるために
 一本の刷毛をとって壁や布に黙々たる戦いをいどみ、
 更にまた霊感に鳴りひびく言葉を重ね、つづって
 人間世界のあらゆる現実、あらゆる夢を
 不滅の文字として書きのこす、
 およそこれら孤立した芸術家の熱火のような欲望よ!
 おお、一切が自我の白熱でないものはない!
 じつに、生滅を彼岸に置いての夢想こそ、
 その相合し相そむく欲望の膨屏たる波こそ、
 より高い調和の太陽に照らし出された未来に向かって
 人類を押しすすめる進歩の轟々たる流れである。

 さらば、私もまた肯定し、讃嘆しよう、
 私自身の内に叫び、狂い、湧き立ち、あらびる、
 この馴致しがたい不屈の自我を。
 一切を欲望し、一切に熱中し、
 よろめき、あやまち、疑い、信じ、また戦って、
 あたかも世界そのものの姿のように。
 一つの習作から、より大きな次なる習作へと
 絶えまなく燃えすすむ炎の草むらのような、
 豪胆と、熱中と、執着と、流涕と、
 またあまたの血に染んだ手傷とをさえ持つ
 常にその白熱のために美しい私の自我を。

 そして私は、愛し、護り、かつ讃美しよう、
 この世の日光が私を照らし、
 この世の風が私を吹きめぐるかぎり、
 いつも私の自我の巣であり
 その具象である私の肉体を、
 たとえその細胞は分解し、骨髄は微塵と化し、
 彼の蔵していた千百の熱烈な夢想が
 天空の無際涯の果てにちりぢりに飛び去ろうとも。
 また、不退転の勇気をもってますます私は生きよう、
 私の健全な肉体を養い、悦ばせ、より力強くし、
 潑溂たる私の自我を承認し、拡大し、高めてくれる自然の中に、
 今日の生活そのものの中に。

 おお、私の肉体よ。
 一切は常にかわる事なく美しくまた盛んであろう、
 お前がこの世の壮麗の中から姿を消して、
 ただひと握りの大地の砂に過ぎないものとなる時でも。
 しかも滅びることのない私の自我は
 常に新しい生命の曙にいのちを得て、
 五月の青空を、輝く花々を、
 また勇気と冒険とのあの八月の海原を、
 その遮るものなき永遠の水平線を、
 歓喜と熱望とにおののきながら、
 飽かず日毎に凝視するであろう。

 

 

 

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