詩集「行人の歌」 (大正十四年−昭和十五年)

曇りの日の村

朝 寒

夜をこめて

早 春

バッハの夕空

十一月

希 望

エネルギー

霊 感

挽 歌

或る朝のおもい

慰 め

熱 狂

草 に

夜の道

東京の秋

追 憶

私の詩

エレオノ−レ

母 性

日本の眼

暗い源泉から生まれて

朝の書斎へ

私は愛する

今日という日は

今朝もまた

寄 託

猟銃家に与う

中野秀人の首

霜解け路

精 神

この眼は何を

喪の春

夕陽哀歌

朽ちる我が家

郷 愁

昔と今

旅のめざめ

道づれ

都会にて

限 界

思い出の歌

シュナイダ−

シュプ−ル

新年言志

早春の歌

樅の樹の歌

言 葉

女の小夜楽

日の哀歌

野良の初冬

清 福

訪 問

五歳の言葉

カマラ−ド

新戦場

     

           生活の野を離れる時
           白い大鳥は地面の上で曳きずった、
           片方の腐った翼を。

           そして彼は朝の空間で高く張った、
           美しい運命に満たされたもう一方の
           純白無垢の新しい翼を。
                            シャルル・ヴィルドラック

   

 曇り日の村

 秋の曇り日の村落は
 おっとりとして微妙にあかるく、
 森をめぐらし、色さまざまの畑をならべ、
 庭園のように纒まった一廓が、
 都をとおく、そこに立迷う煤煙をとおく、
 平和に、豊かに。
 べつの天地を生きている。
 琥珀の葡萄は甘くすきとおって累々と下がり、
 畑のへりに唐辛子は赤らみ、
 蜂は茶の生垣に翼をふるわせ、
 鶏は背戸にちらばり、
 家畜は厩から声をあげ。
 百舌も遠くは飛ばずあたりの枝で鳴きしきる。
 たまたま路に往きあう人も
 おだやかに言葉をかわし、
 一切が寛容に、柔らかな光におぼれ、
 唯一の訪問者郵便夫さえ
 あまり平和なこの小天地に調和して、

 薄日さす菊の小径を慇懃に通る。

 

 

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 朝 寒

 陸稲おかぼが刈り並べられて畑をいろどる敷物になり、
 桜の葉が散りつくして遠い電柱がきらきら光り、
 空が白くなり、国境の山脈が近くなり、
 そして、とつぜん訪れた今朝の朝寒あさざむ

 路傍の薮に風のあたらしい響きを聴け。
 朝日の枝に頬白の振る鈴を聴け。
 田舎に虎落もがりの笛の音ながれ、
 小鳥は胸毛みだして寒冷な光に歌う。

 人はいう、今朝のあけがた初霜がうっすり
 畑の畦を染めていたと。
 またいう、無数の渡り鳥が北から南へ
 羽音も高くこの村落を横ぎったと。

 ああそれならば、この朝寒は冬の先駆か、
 人の心に光輝ある素朴の意味をさとらしめ、
 もっとも単純な事物に永遠の姿をしめし、
 又よく真善美のふるさとを現前する冬の。

 そして秋分点を南へ去った太陽は
 今朝こそ和らぎの光を雨と降らせ、
 季節の最後の祭に出てゆく敬虔な者らの額を

 その遠くからの父の手で祝福するのだ。

 

  

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 夜をこめて

 どこか知らないがまっくらな丘の藪地の
 灌木の茂みにちぢこまって一夜をあかした。

 今にも飛んで来そうな氷柱つららのような星の下で、
 冬の夜どおし風が荒れ、霜が鳴った。

 まんじりともできない寒さにときどき眼をあけたが、
 鳥目に見えるのは死と恐怖の闇ばかり。

 伴侶とものからだのぬくみを頼りに
 眼をつぶってもっとしっかり寄り添った。

 離れていたら知らぬ間にこごえて死んでしまうだろう、
 あおむけに、空くうをつかんで、固くなって。

 そうなったら、すべての山々が緑にけむる
 はてしない春のよろこびの日は。

 高い樹のうろの安全な巣で
 かわいい卵を抱く妻のまるい、輝く眼は。

 全身のうぶげをふくらませて
 いよいよしっかり枝をつかんだ……

    *

 けれども永遠かと思われた長い夜がとうとう明けて、
 思わぬ方角で青と赤とのしののめが破れた。

 ごうっと吹きわたる一文宇の夜あけの風に、
 ちちと鳴きかわして日雀ひがらの夫婦は飛び立った。

 やがてまっさきに丘を照らした真紅の太陽が、

 一夜の霜を燦とした炎にかえる黎明の前に。

 

 

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 早 春

 もうなんとなく春の息吹いぶきの感じられる空気が
 私の小屋の緑の屋根や白壁の破風をめぐり、
 二月の朝の天の青さが
 樹々の梢や湿めった路に濡れかかる。
 生きることがあんなに苦しかった冬の日々、
 時間があんなに長く、寒さがあんなに惨酷だった冬の夜々。
 そのあとで
 潮騒しおざいする海のようにまぶしくなった地平線や、
 空間でエオリヤの琴かきならす西風や、
 こんなに朗らか朗らかな再生の日光を、
 見たり聴いたり浴びたりする喜びはどうだ。
 林の中で、楢や欅やあかしでの枝が
 もうほんのりと上気しているのを私は見る。

 その堅い幹に耳をつけると、
 動き出した樹液の音を聴く気がする。
 林や、垣根や、小径のほとりで、
 小鳥の声が愛に濡れているのを私は聴く。
 まだ花もない冬の花壇の中で
 孤独の蜜蜂を私は見る。
 しかし日光にきらめく彼の翼は
 やがて来る藤の花の季節の事をおもわせる。
 ときどき太陽をさえぎって雲が通る。
 しかしそれもすでに歌のように甘やかで、
 もうあの冷めたい氷のかけらや繊維ではない。

 ああ、古い苦痛や怨恨を
 それみずから死なしめる「時」の魔力よ!
 けっして日のあたる事のない北側の雪が、

 いつのまにか溶けてしまったのを私は見る……

 

 

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 バッハの夕空

 深い緑玉エメラルドの空に金きんやくれないの雲の感動。
 天涯未知の国の幻がこつねんと現れて、
 今しこの世に立ちどまったようだ。

 ああ、光りかがやくこの大いなる夕空。
 ヨーハン・セバスチァン・バッハよ!
 おんみの天上的な清い憂愁の歌と、
 あの生への情熱と死への烈しい憧れとの
 炎をまとった音楽の急流はここから来たのか。
 あの旧約の叙事詩と、福音書の牧歌と、
 あの受難の曲と、あの祈禱の歌とを
 おんみに霊感させたのはこんな夕空だったのか。

 風がすこしある。
 空間の泉。
 古代の敷物のように高貴に色あせた夕映えの雲の遠い裂目に、
 恍惚たる青玉サファイアの深淵に、
 見よ。

 いま、ひとつの星がきらめき出た!

 

 

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 十一月

 十一月が丘の林や野中の藪で咆えはじめた。

 金箔をすかしたような遠いぼんやりした日光のなかを、
 白い村みちに沿って、昼ちかく、
 千万の落葉が涙よりもしげく降りかかる。
 きらら色の雲を錯落と編む枝のさきで、
 日陰こそ、小鳥の脛がわけても寒い。
 ああ初冬!
 それでも朝々の霜に金粉散らす畑では、
 薄みどりの麦の子供が列になって萠え、
 藪のふち、枯草にかこまれて、
 もう菫の紫が笑っている。

 けれどもたちまち日が暮れて、
 幻灯のような平野の夕焼が消えてしまうと、
 家のまわりに吹き起こるまっくらな凩こがらし
 荒い、悲しい、バーンズの歌をうたう。
 そうすると今まで遊び囀っていた子供は
 とつぜん母親の胸にとりついて、
 「鬼のいぬ国、ねんね島」へ往ってしまい、
 煤けた台所では雑炊が煮え、
 その湯気が明りのまわりに
 大きな痛ましい光の輪をえがく。
 そして人は、田舎の夜がふけるまで、
 歳の暮のほうへ運ばれる枯葉の音を、
 月の光のいてつく戸外に、
 ねむってもなおうつつに聴くのだ。
 友よ、君は知っているだろう、
 昔からなる、なつかしい、
 この人生の冬の夜のパトスを。
 しかし又君はもっとよく知っているだろう、
 あしたとなれば
 一層明るくなった落葉のあとの自然の中で、
 麦の希望が一層伸び、
 年を越す草が一層ふかい地面を求めることを。
 また小鳥と一緒に眼をさます幼い者が
 きのうよりももっと大きく賢くなり、
 それを見る母親の献身の心が
 身をきる寒さにも温くふくれることを。

 十一月が丘の林や野中の藪で咆えはじめた。
 けれども生活への熱誠と信頼とがあって、
 冬枯の世界のいたるところ、
 愛の歌を見つけるのだ。

 

 

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 希 望

 今年最初の雲雀だな……
 まだ野も林も冬の武装を解かないのに、
 緑といったらやっと三寸の麦ばかりなのに、
 昨夜ゆうべは昨夜でまっくらな北風のなかを
 黄道光が悲しく、高く、燃えていたのに、
 ああ、今日は俺の田舎の
 あんな深い、薄青い、淡雪晴れの空間で、
 春をさきがける希望の鳥が
 漂渺と、燦爛と、
 朝も早くから歌っているわ!

 たとえ俺たちに
 あすが日食う米が残っていなくってもだ、
 たとえ我が児や、妻や、妹に、
 春着一枚、日傘一本、
 買って与えることができなくってもだ、
 ああ希望よ、君は俺のもの、俺たちのもの。
 夜来の涙に濡れた眼を朝風に吹かせて
 また新しく満ちて来る心に仰ぎ見る君は、
 梢をいろどる六月の空よりも清く涼しい。
 希望よ、生活の泉よ、涸れる事のない生の樹液よ!
 人は集まって、聖林の樹陰に君を飲むのだ。
 心情の善と勇とを君の甘露で富ますのだ。

 今年最初の雲雀だな……
 冬まだ去らぬ大地から飛び上ったひとつの魂が、
 青い空間で讃歌のさきがけをやっているわ!
 「私は信仰を持っている! 私は生きる!
 生きながら私は待つ!」と。
 霜どけの戸口で破れ靴の紐を結びながら、
 きょうもまた生活のために出かける俺の心が軽いのは、
 いちはやい春風に舞上って天地の間を歌い満たす
 あの善い希望ボンヌ・エスペランスの歌のおかげなのだ!

 

 

 

 

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 エネルギー

 雪があがった……
 きよめられた早春の田舎。
 暮れせまる大いなる優しいひびき。
 私は家を出て村へ買いものに行く。
 ああ、
 遠い山脈の上に残っている一抹の金色こんじきの光、
 紫がかった白い広袤の中で呼びかわす鶫つぐみの群、
 ところどころ雲が裂け、
 水盤を傾けたような深い春の夕空がしたたり、
 三月の田園に
 人の作らぬ音楽が流れている。

 生活の苦闘を君は云うか。
 いま、調和のエネルギーを私はのぞむ。
 壮大な夏の日の勝利、血の味のするにがい征服、
 憎しみ、詛いをはぐくむ敗戦。
 それら一切を擲って新しい調和を創造する!
 美、美の高い憂愁とその歓喜、
 苦悩をこえ、生きる日毎の嵐をこえた
 調和の法悦、静謐な夕べの光、
 霊妙を生むエネルギー。

 くらい天に星が燃える。
 街道の最初の電燈、田舎の人生。
 新しい夜は
 すでにその深い衝動をもって揺れ上って来た。

 

 

 

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 霊 感

 この詩を書かせたものは何処にいるのだ。
 一度歌えば卒然と姿をかくすもの、
 熱い夢想の一夜を星の下で明かして
 人の眼ざめぬ涼しい世界のあけぼのに
 茂みの奥から囀りいでた小鳥のたましい。
 とおい海べの荘麗な夕ぐれに
 岸を打っている波の音。
 仮象の世界でただひとつの真実なもの、
 宇宙をめぐる詩人の歌の韻律よ。
 これを書かせたものは何処にいるのだ。
 今宵、蒼然たる抒情の森に
 これをたずねて遂にとらえず!

 

 

 

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 挽 歌
         (亡き友 画家 木村泰雄に)

 昼間の蠟燭が君の静かな臨終の顔を照らす時、
 君のたましいは未だそこにいて、
 涙に重い人々の心と、愛する者らを去ってゆく我が身とを、
 けだかく泣いているかと思われた。

 むなしい心を抱いて僕は野へ出た、
 君のほんとうの精神に逢おうとして。
 三月の野のあまねき光とそよかぜとの中では、
 去年の春をさながらに今日も雲雀が囀っていた。
 君はかつて一枚の輝かしい画の裏へ書いたのだった。
 「雲雀が私をひきとめた」と。
 ああ、然し今日の雲雀はもう君をひきとめることができない!
 草の萠える、水の流れる三月の野で、
 僕の唇は泣き、僕の眼はほほえんだ。

 しかし何時か僕のためにも時が満ちたら、
 蟬の合唱の降るような青葉の下で懐かしい君と抱きあおう。
 またこの世で君が描こうとさえ企てた
 あの広大な暗い春の夜空や、その果てに傾く天狼の星の光の
 深遠な高い息吹いぶきを手をとりあって飲もう。

 時の潮の満干はもう君には縁がない。
 人間苦のはるかかなた、
 「無」の喜悦の太陽が、
 その国土の白い入江を君のために光らせている。
 そこのまるい丘に立って、高貴な霊よ、
 君はありし日の親切な、大きな声で、
 この世の僕をはげますだろう。

              (一九二六年三月十二日)

 

 

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 或る朝のおもい 
        (シャルル・ヴィルドラックに)

 浮動する、深い夢に満ちた一夜、
 そして今は草々の露もしとどの夜の明けがた、
 朝のそよかぜに涼しい庭をあるきながら、
 私は君をおもう、君をおもう、
 愛情のために少し重たい
 私の心と額とをもって。

 夏の夜あけの滴るような空の下。
 たった一人で君をおもう。
 私は真紅の罌粟けしの花の間を歩いている君を見る気がする、
 私は麦の穂の中に君の大股のしっかりした足音を聴く気がする。
 そして湿めった地面の上に君の大きな靴の痕を見つけては辿る、
 家のまわり、もろこしの立つ小径のはずれまで。

 君は思い出すか、優しい心の友よ、
 今はここから遥か遠くにいる君は、
 湧きたつような新緑の林に近く、
 日本の田舎の片隅にひそむ一軒の家を。
 そこで君の詩人のたましいが大切に守られ、
 また君の親切な実例がいつまでも生きるその家を。
 人の一生はこの国での君の滞在のように短かい。
 この心と心の触れあいを、
 それならばなぜこんなに長く待たなければならなかったのか。
 しかし有難いのは、私たちが
 人類と芸術とに同じ信仰を持っていること、
 また一人の偉大な友があって、
 その人の明るい運河のような精神が
 この紛糾と、我意との世で、
 二つの流れをかたみに結び合せてくれたこと。

 私は君をおもう、君をおもう。
 我が友よ、
 今こそ揺るぎない夏の朝の光のなかで……

 

 

 

 

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 慰め

 天空を編む宝石の星々、
 夜の空気の万斛ばんこくの涼味、
 パリサイの都会から帰って来れば、
 田舎は草と露とに満ちみちて私を迎える。

 けわしい怒りは心頭を去って、
 森の下道に私は平和をとりもどす。
 涼しく暗い木の葉の無量の重なりよ!
 きょう一日お前たちを忘れて
 私は名誉なき闘いをたたかって来た。

 お前たちを踏んで喜ぶ足を運んで、
 私は屈辱の町から町を馳けめぐった。
 おお、数知れぬ小さい噴水のような草たちよ、
 傷ついた私の足を
 お前たちの茎や葉の泉で洗ってくれ!

 私の頭を冷やしてくれ、風よ、
 ああ、遠く、果てから果てへ
 平野の胸を高めるものよ!
 恥と憤りとに血走った私の眼に、
 星よ、その有りあまる清純をそそいでくれ!

 私は人間苦を韜晦して
 自然や素朴な心たちの中に
 生のかくれがを求める者ではない。
 私は知っている、一つの不抜な信念が
 千のパリサイに対して続けねばならぬ
 あの毎日の名もない悪戦の運命を。

 しかしそれでも私は知っている。
 風や、太陽や、草木や、星の慰めの力を。
 また知っている、
 単純な、美しい心たちの中にこそ、
 生命の永存の偉力はかくれているという事を。

 

 

 

 

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 熱 狂

   一
 熱い南風が麦の穂の夢うつつを揺すり、
 天空の青が咲きつづく花の白さを染め、
 ああ、六月、野に水音のひびき、
 にがい生活の現実を
 真昼の高い精神がその太陽で縁どりに来る日、
 田舎家の庭に
 素朴のおだまきは美しく枯れた。

 昂がれ、すきとおれ、我が心よ!
 奮然として私は祈る、
 何よりも汝がその熱狂において高貴である事を。
 ああ、日光を切っては落とす炎天の樫の茂り、
 風景に金剛石色ディアマンの面紗を懸ける夏の大気。
 熱狂のけだかい憂欝を見よ。

 ある日、私にとって、
 生はなんら喜びのものではなかった。
 それはただ燃ゆる宗教、悲痛な信仰、
 鎌にたおれる穀物のトラジックな陶酔であった。

   二
 困窮がその万力まんりきで心臓をしめつける。
 明日あすの不安が今日の存在を釜炒かまいりにする。
 まっぴるまの荒涼とした白い天に
 一塊の雲は遠くまろび、
 ああ流れゆき、ながれゆき、流転るてんの夏、
 生活は流砂の上に立っている。

 悲壮な友らよ、それは我らの運命だ。
 信仰のよろめきに警戒せよ、   
 悲惨の魔薬にうっとりするな。
 生活に熱狂して非凡の創造に身をふるわす
 あの魅惑された魂の大歓喜に貫かれよう!
 哭かず、憎まず、訴えず、
 もはや倒れる外はない時までの恍惚たる前進。
 唯一つのヒロイズムとは何だ、
 世界をあるがままに見て、しかもそれを抱きしめること!

 手をつかねて茫然とするな、
 永劫の宿命というものを信じまい。
 水を呑もう、働こう、
 要らぬ執着をかなぐり捨てて、
 我を忘れた希有壮烈の瞬間を生き抜こう!
 いさぎよい魂の友よ、君は聴くか、
 この真昼、人間の醸造桶つくりおけの大地の上を海の方へと、
 虚空巡かに響きわたるあのワグナーのファンファーレを、
 また「英雄交響曲エロイカ」の超凡な悲痛の讃歌を、
 君の熱い心に、
 うつつともなく!

 

    

 

 

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 草 に

 八月の夕ぐれの太陽が
 その光と熱との黄金の網をおんみらの上に投げかける時、
 ああ、透明にあかるい無数の草よ。
 風に吹かれる爽やかな地の子供らよ、
 私はやがておんみらに来る生の完成のよろこびを、
 その黄いろい秋の快活を知っている。

 遠く傾いて、けむる晩夏の薄赤い日ざしが
 おんみらの上へ私の影を横たわらせる。
 草よ、
 いちはやく路のべの緑に血の色をまじえ、
 熱烈な金銀の実をむすぶ名も知らぬ草よ!
 私はおんみらの生命の正しい過程を、
 又おんみらの言葉なき宇宙の歌を、
 私の存在の深い奥底で理解する。

 やがてこの円球の上に秋がまったく満ちる時、
 すでに灰いろの木立が最初の葉をおとす朝から、
 風になびく白い穂、ひかる茎、
 天地のあいだに音たてて爆ぜる真紅の莢さや
 草よ!
 おんみらの生命もまた満ちて、
 最も美しい生涯がそこに成就されるだろう。

 そして私もまた生きるもの、
 冬にむかう立木まばらな地の上で
 私自身のあすの道をえらぶだろう、
 こがらしにあける暁の地平に
 ひとすじの独自の道を行くだろう。
 ああ、夕ぐれを一面にそよぎ立つ茎や葉の海、
 落日に酔っている晩夏の草よ!

 

 

 

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 夜の道

 赤い、大きい船のような月が
 おそく武蔵野の地平に沈んでいった夜、
 虫の歌と星と露とに重たい夜道を
 ちいさい一家族は歩いている。

 彼らは村のささやかな停車場まで
 一人の友を送っての帰りなのだ。
 友は今日一日をすっかり彼らと一緒に暮らした。
 彼は喜んでその終日を彼らの心遣いにまかせたし、
 また彼らはそうする事で心から満足した。
 友情がそんなにも自由で優しかったから、
 秋晴れの田舎がそんなにも完璧だったから。

 露のはげしい草の小径を一列になって、
 今、帰りの家族は歩いている。
 妻とその妹とは裸足はだしになって裾を端折った。
 夫はそのうしろに続いて行く。
 妻の背中でもう寝てしまった小さい娘、
 その娘の小さい背中で、
 もっと小さい人形も眠っている。

 彼らはいくらか疲れを感じている。
 彼らはいくらか心の空虚を感じている。
 あるかぎりの志を傾けたその後で
 おのずから襲うあの疲労と空虚とである。
 しかし誰もそのことを言い出さない。
 或る微妙な心づかいが
 それに触れる事をつつしむのだ。
 思いがけない訪問を受けた有頂天な喜びに
 あまり多くを与えすぎたと
 いま彼らは感じているのだろうか、
 露ほどでも、影ほどでも……
 いな! いな! どうしてそんな事があるだろう。
 たとい彼らが友情と称するものの
 まこと神秘な半面をおぼろげながら知っていたとしても、
 なお且つそれを踏みこえて、
 友への愛の疑惑を己れ自身に許さないほど、
 それほど一身を献げるのが彼らの仕方だったから。

 しかし今、むこうの畑の片隅に、
 霧ににじんで彼らの小屋の明りが見えた。
 自然の中の貧しいすみかが、
 この時、彼らの眼には宮殿とも見えた。
 たとい赤貧に暮してはいても、
 愛あるかぎり、じつは何一つ欠けてはいなかった。
 又も明日あしたのある以上、
 その明日を待つことが嬉しかった。

 自分たちの小屋の火を霧の奥に見出した時、
 彼らは肉親の手を握りあった。
 自分たちの小屋の火を自分たちの世界に見出した時、
 彼らは感極まって「誠実なフェィスフルジョニー」を歌い出した。

 

 

 

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 東京の秋

 いま、急行列車が高架線を轟かせて過ぎた。
 いま、一群の鳩が新聞社の塔をかすめて舞った。
 秋だ、
 東京湾の水に白帆のうつる晴れた秋、
 なかば崩れたニコライ堂を
 雲と青空とが繕つくろう秋。
 あたらしい秋の光が遠く石畳を暖めている路の上で、
 善い希望を風に吹かせよ
 私の心!

 十月がいち早く鈴懸の葉を落すこの敷石道をもっと歩こう。
 今朝の東京はいい匂いがする。
 落葉、落葉、
 人に忘られた衢ちまたの詩、
 日を浴びている優しい零落。
 その乾燥した爽やかな匂いに
 私の衷の天馬ペガサスが眼をさまして身を震わす。
 私は精神に山野の感じを担う者だ。

 黄金おうごんと青との秋、
 火の見櫓や坂道のむこうに
 日にかがやいた山襞のなつかしい秋、
 この都会にも秩父の風が来て住む秋だ。
 限りなく人間らしいもの、父らしいもの、
 犯しがたく、また恩愛にみちたものが、
 今日、私を呼んでいる、鼓舞している。

 ウンルーかアルコスの本を買おう、
 彼らの歌に同じ兄弟の歌を聴こう。
 どこかで質素な昼飯を食おう。
 それから幾里を歩いて帰ろう、
 青い青い空の下で鶏頭の赤い私の田舎へ。
 ああ、人が皆重い運命をかるがると担って
 善い希望に働いている東京の秋だ。

 

 

 

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 追 憶

 今はむかし、ある年の武蔵野で、
 七月、
 熱いうっとりとするような空気の波に
 一抱えもある新緑の樫がそよいでいた。

 君はそのすばらしい樹木を
 画布トワールのまんなかで捕えながら、
 気も遠くなるような海青色ウートルメール
 枝の間へ置いたのだった。

 僕は少し離れた樹の蔭の
 暑さに萎えた草の上に身をよこたえて、
 無為の白昼がかすかに歌う
 あの超絶の歌を聴いていた。

 君は火の消えた巻烟草の端をくたくたに嚙み、
 それを吐き出すことも忘れて、
 樹木と天空との驚くべき関係を見つめては、
 輝くような絵具を合せた。

 燃える大気を涼しくして、
 とおくの森から郭公の歌がひびいた。
 かわせみが一文字に飛んでゆくところに、
 小川がセロの音をゆるやかに流れていた。

 僕が言い出した事を君もちょうど考えていたのだ。
 僕らは同じ心で思い出していたのだ、
 僕らの「パストーラル」を、
 あの夏の日の聖なる夢を。

 その間にも太陽の旅につれて
 大きな影が風景の上を移りうごいた。
 それは過ぎゆく世紀のようなものだった。
 偉大な瞬間が次々と生れてはすべって行った。

    *

 ああ! かしこ、僕らの昔の夏の楽園で、
 今、あの樫は凋落の冬の風に立っている。
 君が愛撫した樹皮の下でもう年輪が三つふえ、
 葉むらの冠りも大きさを増した。

 それは、冬が来て、
 たずねる人もない夜の広大な野の中で、
 天のカシオペイアに触れている。
 しかし、もう君はこの世にいない。

 君はもうこの世にいない。しかし
 君のために時間というものが無くなった今では、
 君はあらゆる季節とその思い出とを身につけて、
 遠慮もなく僕の追憶の中へやって来る。

 君は夜更けの火鉢に手をかざす僕に
 七月の森の郭公を聴かせ、
 薮の木の実が匂いをはなつ秋の日に、
 十二月の午後に降り出すあの雪のさらさらを聴かせる。

 君がいつでも自然の中にいるのだという考えは
 僕のうちで君を美しい不滅の者にする。
 君はあんなにも自然に傾倒した、
 そして死によって全くそれにまじりこんだ。

 そして僕のうちに生活し、
 君を懐かしく思い出す誰のうちにでも生活し、
 地上のあらゆる覊絆から脱却して、
 人間の優しい追憶の中で全く自由になったのだ。

 

 

 

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 私の詩

 私はこれら自分の詩を
 素朴なたましいの人々に贈りたい。
 民衆の底にかくれた母岩、世界を支える若さと力、
 あの優しい心と勤勉な手とを持つ人々に贈りたい。

 また勝ちほこる勝利も知らず、
 威厳もなければ、喜びもない、
 毎日の悪戦をたたかう人々。
 しかも高貴な諦念をもって生き抜く人々、
 私は自分の詩をかかる人々に贈りたい。

 私は自分の詩によって
 彼らの楽しい伴侶でありたい。
 そして彼らと共に生き、彼らのうちに分解され、
 彼らの魂と共に未来にむかって遺贈されたい。

 なぜかといえば私は彼らの一人であり、
 その素朴な善と美とにあずかって生きてきた。
 そして生活の炉の中で燃えて神の灰となる
 同じ焚木の喜びと苦しみとに熱狂して来た。
 私は自分の詩を民衆の節くれた手に捧げたい。

 

 

 

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 夜
         (マルセル・マルティネに)

 どうしても寝つかれない。
 遠い停車場を真夜中に通過する貨物列車の音が
 もうずっと前に手にとるように聴こえたが、
 裏の農家の鶏が
 あれから三度もときをつくったが、
 「イミタシオ」を繰返し繰返し読んでみたが、
 あしたの仕事の方へ懸命に考えをむけてもみたが
 やっぱりどうしても寝つかれない。

 頭の中はがんがん鳴り響くものでいっぱいだ。
 戦争、革命、また戦争、
 おそれおびえた羊のような農民のむれ、
 暴露された人間の野獣性と怯懦、
 その犠牲となって死んでいった若いレドリューの悲壮な最後、
 死ぬことすらできないで長い夜じゅう
 人間の悩みをじっとこらえた老いたるマリエットの切ない心。
 ちょうどこんな冬の真夜中にもあのマルティネが、
 巴里の片隅でこの悲劇を書いたのだ。

 よく眠っている子供や女たちを起こすまいと、
 音をしのばせて仕事場へ行く。
 むこうの松林へ晩くあがった月の光が
 火の気のない板の間にこおりついている。
 電燈をひねって椅子へ腰をかけ、
 零度に近い室内で腕をくんで考えこむ。

 それでも、やっぱり、
 頭の奥で鳴っているのは
 あの悲しい、美しい、信仰の音楽だ。
 革命の夜の底でとつぜん鳴り止んだレドリューの鐘、
 あえぎながら朝までつづくマリエットの鐘、
 若い春の鐘の音と
 年老いた冬の鐘の音とが
 大空で互いにもつれあい、助けあい、
 うつくしい諧音を波紋のように生みながら、
 遠い未来の早春のほうへ流れて行く。

 隣りの部屋で子供が眠りながら咳をしている。
 それを妻が眠りながら抱きよせたらしい。
 しんしんと冷えて来る一月の夜明けの寒さに、
 人はみな寄り添って寝ているだろう、
 畠の豌豆のいたいけな芽生えを
 霜はぎっしりと囲んでいるだろう……

 床へはいったがどうしても寝つかれない。
 ままよ、このまま眼をあけて起きていよう、
 この世の動きとおのが任務とを考えながら、
 曙の光がさすまで待っていよう。
 こんな夜をたくさんのマリエットが、
 たくさんのマルティネが、
 幾晩も幾晩も眠られずに明かしたのだ。

               (築地小劇場にて「夜」上演のその夜)

 

 

 

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 エレオノーレ

 椋鳥むくどりがどんなお饒舌しゃべりをするか、あんた知ってる?
 寒い夜じゅう凍った地面へ立ったまま、
 朝を待つ雪割草のくるしみを知ってる?
 それから、今、
 三月の昼間の空に出ている星があんたに見えて?
 天あまの河の岸でWになってるカシオペイアの星座が。

 神様のおぼしめしが無くっては
 一羽の小鳥だって死にはしないわ。
 だけど、今朝、あたし
 市場で死んでる鳥を見つけたわ。

 あんたはなんにも知らないのね。  
 それでもどこか善いところがあるわ。 
 あたし、なんでも知ってるの。
 何かを知るという事は、
 生れる前から知ってる事を思い出すことなのよ。

 大人は思慮が無くって残酷なものね。
 互いに憎み合ってる内にだんだん自分を磨り減らしてしまうんだわ。
 ほら、外で電線が鳴ってるでしよ?
 ほそい、柔かい、きれいな銅あかがね
 人間が電話で蔭口や悪口をいいあうと、
 美しい銅あかがねが泣くわ、泣くわ……

    *

 ありがとう、エレオノーレ、
 氷を溶かす春風のような
 するどくて温かなお前の叡智は
 僕の心から人間の銹さびを落してくれた。
 ありがとう、悲しく賢いインドラの娘。
 「復活祭」のエレオノーレ!

 

 

 

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 母 性

 ああ、夕暮の西天の
 薔薇いろの、薄みどりの、むらさきの
 遠い空間ではろばろと風に吹かれる春の星、
 あまやかに、清く、悲しく、
 匂うがように燃えながら沈む一つの星、
 そして一様に宇宙をわたるそよかぜが
 地上の樹々や草々にその生長のいみじき衝動をおくる時、
 かかるたそがれの切株に腰をおろし、
 草の緑もようよう暗い路のへりで、
 一人の若い農夫の妻がその赤児に
 乳房をふくませているのを私は見た。

 ああ、東風こち吹く春の夕暮と、母たる事の憂鬱な幸福!
 愛の神秘の暗い淵からこんこんと湧きいでて
 とどめもあえず溢れながるる母の乳よ!
 たそがれ、その温い胸に額をつけ、
 その胸をただこれ全き世界とし、
 その世界に未来を夢み、
 夢の中に人間の牧草の甘さを嚙み、
 しかも音立てて喉をくだるその脈々たる水が
 母のいのちの根を枯らすとは知らぬ赤児よ!
 ああ、世界と共に古く、
 世界と共に繰返すなべての母よ!
 その子のかぎりない貪婪をよろこび、
 甘んじて犠牲となる愛の巨人よ……

 その夕暮、私は見た、
 西天の薔薇いろの、薄みどりの、むらさきの
 遠い空間で風に吹かれる艶あでやかにも清い春の星を、
 また地上すべての草や樹が
 涼しい大気に三月の暗い発芽をゆだねているのを、
 又その子を胸に抱く母親が
 悲しい澄んだ歌声でたそがれの世界を揺すり、
 愛に重たい彼女の乳が
 この世を隈なくひたしているのを。
 そして、ああ、すべての母の母、
 我らの大いなる懐かしい地球が、
 無際涯の宇宙の青波をくぐって
 ゆるやかに転ずるとて傾くのを私は見た。

 

 

 

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 日本の眼 

 海をこえて外国へゆく大きな客船が
 港の岸壁を離れるところを見た事がある。
 荘重な、雄渾な、汽笛のうなりが
 水の上の輝やく春をすべて震わせ、
 遠く半円形の山手一帯にこだました。

 すこしずつ、すこしずつ、
 後じさりするのは船であろうか、岸壁であろうか。
 この錯覚には不思議に大きな感じがあった。
 船と自分との間に水の深淵が口をあけた時、
 最後のテープの切れようとした時、
 このまっくろな高い壁が
 たおれかかって来るかと思われた。

 そこに人と人との別れがあった。
 私もまたその瞬間の果てしない別離の情を味わった。
 けれどもそれから過ぎた年月をへだてて
 今もなお思い出して楽しいのは、
 その時見た若い水夫の眼つきである。

 推進機が廻転をはじめ、
 船の針路が右舷港口へふれるにつれて、
 巨大な船尾がつい私の鼻の先へ
 見あげるように聳えて来た時、
 その後甲板の小さな真鍮の丸窓を
 せっせと磨いている一人の水夫の眼を見たのだ。

 青春のあらゆる夢と冒険、
 その眼は測り知れない運命をはらんでいた。
 しかも屈託のない、いきいきした、大胆な、
 愛嬌さえあるその眼が深く私に焼きついた。
 それは一つの代表となり得るような、
 あの美しい、新時代の、
 純粋日本の眼であった。

 水の上からオールド・ラング・サインの歌がおこり、
 すこし傾いた、尨大な、黄いろい煙突が
 春の海面のそよかぜを割りはじめた時、
 しだいに遠ざかる船の後甲板で
 たった一人日本というものに挨拶している眼であった。
 「今日はシアトルヘ行って来ます」の眼であった。

 

 

 

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 暗い源泉から生まれて

 ああ今一度、悦びに満ち力に満ちて新しく、
 その暗い源泉からほとばしり出よ、私の歌!
 ひえびえと青く涼しい山間の朝にめざめて、
 日光の縞を浴びた苔の緑のしとねから、
 その柔かさ、その深い厚さから、
 強い芳香で谷間をひたす蘭の花の薄くれないの群落から、
 苔桃の密生した花崗岩の礫地から、
 石南の花が重たくひらく清朗な午前の時刻から、
 くらい原生林を洩れて来る氷のような谷風から、
 遠くまた近く青葉にひびく郭公の笛の歌から、
 名も知らぬ深山みやまの花の光耀と、
 そこに群集する千百の昆虫の労働と遊戯とから、
 その活力と、その優しさと、その美とから、
 すべてを採り、一切を抱き、豊かに養われて、
 千年の落葉をくぐり、空間と太陽とに露出し、
 やがて人間生活の真只中へ流れ込んで其処をうるおすため、
 ああ今、初夏の山奥の暗い源泉から破れ出て、
 薫風の岩角いわかどをこんこんと濡らして通れ、私の歌!

 

 

 

 

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 朝の書斎へ

 朝の書斎へすべりこんで、
 椅子につかまり、その肱掛に頤おとがいをのせる者、
 ちいさい我が子。

 その眼は机の上の「面白いもの」を一目で見てとり、
 その口は親の心を魅惑して微妙にとがり、
 足は父の膝を求めて懸命によじのぼる。  

 朝の時間の掠奪に困惑しながら、
 しかも襟首に汗知らずをたたかれた
 あのかわゆい暴君を抱くたのしさ……

 遠く旅にいて我が子をおもう。
 あすは帰るその前夜の眠られぬ思いの中で、
 時は夏、柘榴ざくろ咲く晴れやかな田舎の真昼、

 抱き上げた我が娘のエプロンのかくしに、
 ああ、小さい小さいハンケチと、一握りの螢草と、
 思いがげない蟬のぬけがらとを私は見た。

 

 

 

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 私は愛する

 私は愛する、
 田舎の夏の夕ぐれを、
 とりいれの麦束を石竹いろに染める
 あの束の間の天の栄光を。

 私は愛する、
 中天の夕雲の反射をあびて、
 みどりすきとおる草や木の動かぬ豊富を、
 その幽暗の涼しさ、甘さを。

 私は愛する、
 昼間のほとぼりの未ださめない、
 軽い、かわいた土に轍わだちののこる
 あの薔薇いろの村路を。

 私は愛する、
 畠から帰って来る農夫らの重たい足の大きな響きを、
 又その両親ふたおやの曳く車を追って
 土瓶を下げて走って来るあのはだしの小さい音を。

 私は愛する、
 つよい卒直な匂いを漂わす厨くりやのけむりを、
 鶏舎とやへ追いこまれる鶏の騒ぎを、
 豚小舎の豚の喉声のどごえを。

 私は愛する、私は愛する、
 田舎の夏の夕ぐれの一切を……

 

 

 

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 今日という日は

 今日という日は私にとって
 まったく衰運の日であった。
 人間が気にくわず、世界全体が気にくわず、
 そもそもこんな無力な自分自身が気にくわなかった。

 せめて子供でも元気であったら、
 せめて親しい友の一人でも来てくれたのだったら……

 午後の終りに私はぶらりと外へ出た。
 外の自然はまだしも息のつける場所だった。
 ちょうど夏が逝きかけ、秋がはじまりかけていた。
 私は夕方の澄んだ空中に隼はやぶさの羽根のきしみを聴いた。

 ふたつの丘に挾まれた田圃の風景のなかで
 私はいつか心静かなそぞろ歩きにとらえられた。
 赤みがかった夕日の光のゆたかな波が
 この広々した谷間いっばいに寄せていた。

 爽やかな草の中に寝ころんで私は何を見たろう。
 それは全面に落日をあびた薄紫の花、
 天地の平和を一本の茎に支えた嫁菜の大輪、
 最初の露のおりる時まで私を去らせなかった花である。

 私はその花を折りとって帰るべきであったろうか。
 否、私がしっかりと抱いて帰ったのは、
 おのが空虚を埋めてくれた和らぎと、
 跡かたもなく癒やされた心とであった。

 

 

 

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 今朝もまた

 今朝もまた杣そまが来て挽く
 私の愛の樫の並木、
 悲壮な、顫える幻影をしばらくはそこに残して、
 日の暮には、しかし冷たく横たわるだろう、
 霜の路上へ。

 たとえ切られた彼らへの私の愛惜がなんであろうと、
 あすは鮮かにロをあけた傷のような、
 薄赤い、うるみを帯びた青空が、
 新しく出来たそこのうつろで咲くだろう、悩むだろう。
 そして新しく私もそれを受けとらねばなるまい。

 そうだ、悲しみのために貧しくなる心であってはならぬ。
 そうだ、未来を恃んで今日を空しい私の生であってはならぬ。
 こおる冬ならば氷も嚙もうよ、
 野茨のいばらの赤い実を折るとて雪の中に腕も裂こうよ、
 瞬刻をつかんで永遠を摘むためには!

 もしも私が我から進んで現在を受用するならば、
 もしも些少の幸福にも敏感に、また丹念であるならば、
 両手の中へ頭を埋めて苦しむ時でも、
 この肉体のかたまりを吹いて心に徹するそよかぜに
 苦痛そのものの真の重味を衡はからせるだろう。

 

 

 

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 寄 託

 やがて移り住む東京で
 今朝は寒い隅田川の水の光や真赤な朝日が、
 昔のように私の足を永代橋へ釘づけにした。
 けれども今この田舎へ帰って来れば、
 ああ、わが高井戸の冬の入日は、
 すべての梢に色あせた金の悲しみを散らし、
 たそがれの澄んだ憂欝が
 黄金おうごんの新月の下でめざめている。
 愛染あいぜんの武蔵野よ!
 いつの年の春が今いちど私たちに
 お前の鶇の歌を聴かせるだろうか、
 お前の雲と若草とを与えるだろうか。

 私たちの精神はあの都会でも
 なおよく潑溂たることができるだろう。
 しかし私たちの宝の宝、多くの思い出、
 もっとも脆い貴重なものは、
 ここの土に埋めておこう、
 ここの水に、ここの太陽に預けておこう、
 いつか喜びの足音も高く私たちが、
 武蔵野よ、
 眼に涙をためて、
 お前の樹々を抱きかかえに帰って来る未来の日まで。

 

 

 

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 猟銃家に与う

 やがて雪になるシベリアを一緒に立って、
 時化しけつづきの日本海をどうにか乗りこえ、
 能登から越前、
 それから幾日、
 みすずかる信濃の山奥を二人そろって遊びくらし、
 夜は夜でまんまるくした体をぴったりと押しつけあい、
 黒鷽くろうそ、赤鷽あかうそ、めすおす二羽の鷽の鳥が、
 十月の或る日、
 この武蔵野へはるばると渡って来たのだ。

 秋晴十里の大平野をむこうに見ながら、
 谷の浅瀬できらきらと水を浴び、
 小枝のけむる果樹園をひょうひょうと飛びまわり、
 桜並木や藁家の上で朗らかな山の笛を吹きかわしながら、
 里から里へだんだん移って来た夫婦の小鳥だったのだ。

 ねらっている筒先があるとも知らず、
 旅の者の悲しさには、無邪気さには、
 好きな木の芽や粟の実を喜びあい、夢中になり、
 飛び立つひまもなく一発で打たれた……
 木の葉と一緒に落ちて来た夫婦の鷽鳥、
 鬼のような人間の手の平に死んでも二人並んだまま、
 美しいビロードの胸をひくひくと
 息引きとった旅の鳥……、
 そう思って鉄砲の台尻突いた君の顔を眺めるのだ。

 一生を同じ夫婦で暮らすというこの鳥の
 ほんのり赤い咽喉や、つやつや黒い頭や眼や、
 薄墨いろの腹へ血のにじんだ柔かな小さい二つの死骸を見て、
 電車の中のこの子供たちが
 君の角ばった大きな顔をまじまじと眺めるのだ。

 

 

 

 

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 中野秀人の首

 それをじいっと見ているうちに、
 何か大きなかたまりがだんだん喉へこみ上げて来た。
 人が居なかったらその石膏の首を抱きしめたろう。
 苦しく、なつかしく、憤おろしく。

 すべての春よりも美しく純なあの口に
 一抹の血の黒い苦味にがみを嚙ませたのは、
 彫刻家の気まぐれではもとよりない。
 無知で、冷酷で、陰険な世間よ、
 お前なのだ。

 高い犠牲を払って漸く芽ぐむこの国の青春から
 あの黎明のたましいをいびり出したのは、
 知っているか、汚ならしい俗衆よ、
 お前なのだ。

 展覧会の外のお祭り騒ぎの日曜日の人出と、
 梢の上の無心の秋晴れ。
 今頃どこかロンドンの隅っこで、
 苦しくても、貧しくても、
 生甲斐のある弁当をつかっている彼の事を思いながら
 おれは桜落葉の緋毛氈に味気ない海苔ずしを食い、
 渋茶を飲んで上野を去った。

 その晩おそく、午前一時ごろ、
 仕事場の板の間でつめたい夜着にくるまった時、
 枯葉を吹きまくこがらしの音と
 窓硝子に燃えるシリウスの爛々たる光のなかで、
 あの首のまぼろしがおれの眠りを餌食にした。

 

 

 

 

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 霜どけ道

 この頃の毎朝の霜どけに、
 おっとりとした葵色モーヴの畠道が
 描きたての油絵のように濡れている。
 田舎の野良は、そこら一面、
 もえる陽炎と日光だ、
 薄みどりの麦の芽生えだ。
 今朝はその畠道を妻が通った。
 よそ行きのねんねこに暖かくおぶわれて、
 黒天鵞絨の襟のかげから、
 ちいさい朗馬雄ロマオの澄んだ瞳が笑っていた。
 青い大菩薩の左に見える
 まっしろな富士山を指さして、
 教えているらしい妻の姿が

 なぜか涙を催させた。

 

 

 

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 精 神

 流動する樹液を蕾に凝らし
 氷結から醒めててきれきと綻び
 くらい 柔かい雲に映り
 脈々たる大気に青み
 あかるみの中に懊悩をえがき

 三月の樹よ
 お前は早春の渾沌を掻きわける かきわける。

 

 

 

 

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 この眼は何を
         (小さい朗馬雄に)

 この眼は何を見ているのだろう、
 この脆い、この清らかな、
 人の世の夕べを遠い星のような、
 幼くてなお永遠のようなものは。

 今朝がた降った麦ばたけの淡い雪に
 いま薄赤く浮んでいる夕日の弱い光だろうか、
 梢のあいだに夢みている
 未来の春の予感だろうか。

 この父の生命がいつかは老いてほろびる時、
 世代の枝に見知らぬ花の咲くのを見、
 轟く地平に新たなる旗の翻るのを敢然と見つめる眼が、  
 今、たまゆらの憐れを映して濡れているのか。

 一つの過渡の世を生きておんみを慈む父を思え、
 わが子よ、父はただ平凡と夢とを語る。
 この眼は樹の下に遊ぶ小さい姉の赤い着物を見ているのか、
 あるいは万人結合の遠い世の空を凝視しているのか。

 

 

 

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 喪の春
      (我が子朗馬雄は二才にて逝けり)

 寒い残酷な冬のあとで、
 窮乏と忍従との冬のあとで、
 たくさんの子供の殉難のあとで、
 かわいそうな百日咳や肺炎のあとで、
 ああ、このつぐないのような、
 羞じらいがちな、小さい春……

 痩せほそった枝の先や
 がさがさに乾いた幹をうるおそうとして、
 ようやく浸みて来たあの薄みどりの樹液を、
 そこらじゅうに明らむ、幼い春を、
 おんみらの傷ついた心のために、
 失った最愛の者らのために
 見て見ぬふりはすまい、呪いはすまい、
 世の中の親たちよ!

 かりそめの春のまぼろしのような、
 蒼じろい、かすかな、
 最初の草の萠え出した田舎の空地で
 女の子や男の子、
 病後の子供たちが遊び、歌を歌っている。
 それは彼らのよみがえりの歌、
 死んだ弟や妹たちへの
 優しい誓いの歌なのだ。

 とある井戸端で
 ポンプの柄を押している女がある。
 苦労にやつれたその顔に  
 いくらか望みの色が見えるのは、
 背中におぶった病み上りの児を
 今日は理髪店かみどこへ連れて行く気でもあろうか、
 縫ったままに仕舞って置いた春の着物を
 今日こそ着せてやるつもりでもあろうか。

 

 

 

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 夕陽哀歌

 われは愛す夕日の空。
 この世のたたかいついに果てて、
 去らんいまわに見まほしきは、
 樹々のすがた、草のそよぎ、
 丘まろく、
 川ながれ、
 おちこち家のたたずまい、
 人の幸さいわい、地の平和、
 あすの予感の雲うつくしき
 夕ばえの空、
 誓いの空ぞ。

 

 

 

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 朽ちる我が家

 無量の雨をふくんだ雲がいっぱい
 夜の空に充満して、
 その裾を濛々と野の上にひろげている。

 暗い大きな松の森が、
 霧を呑んで窒息し、
 ところどころの裂け目から、
 白い蒸気をばくばくと吐いている。

 あたりいちめん、さんざんに伸びて、
 悲しく濡れた六月の夜の草。
 そして我が家、
 そこに、畠の隅、蔵の中に、
 孤独で死んでゆく獣のように、

 しとどの水を屋根から垂らし、
 なかば霧につつまれた思い出の我が家、
 人間の忘却と無限の湿気に
 住む者もなく朽ちて行く我が家。

 もっとも純潔な日の太陽が
 かつてはそこを照らしていたのだ。
 奮闘的な精神や、誠実な優しいまごころが
 そこで刻苦したり花咲いたりしたのだ。
 田園の空気をふるわす麦打ちの響き、
 深遠な正午を黙々たる労作。
 燃える夏の日の立葵や、
 清明な秋の穂薄が、
 その無言の目撃者だった。

 あの一つの時代の聖なる火を
 今も心の炉の中に護っている者は誰か。
 霧の大波はうずまいて思い出の我が家を呑む、
 朽ちてゆく我が家を呑む。

 

 

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 郷 愁

 子供が一筆に、のびのびと、
 紙の上に塗った水絵具、
 柔かい、くもった、その碧あお
 私は何も描きそえまい。
 正午が熱して来れば光の充満、
 白皚々と照り積む雲、
 梅雨ばれの鷺もそこをよこぎる
 夏のはじめの、
 竜胆りんどういろの、
 これは空だ。
 私があとにして来た武蔵野の空だ。

 心よ、晴ればれとしているがいい!

 

 

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 昔と今

 むかし、書物を読みながら歩くのが常だった
 古いなじみのこの村道を、
 今は自然からむさぼる心で、眼を上げて、
 貴重な発見の道としてたどるのだ。

 むかし、ただそれがそこに在るとばかり知っていた
 我が家の庭の夏の花々を、
 今は希有けうな宝として、
 荒れ茂った草を分けては手に摘むのだ。

 卓越の七月よ!
 こんじきの日照雨ひでりあめにいきいきと濡れた
 暑い、甘美な、力ある自然、
 雲の割目の桔梗いろ、頬白の午前の歌よ!

 正しい遠近法の中に消える高圧線の鉄柱さえ
 それぞれの瞬間をよぎる永遠の姿だ。
 私は謙遜な心で言うことができる、
 今こそ恩寵の何であるかを理解すると。

 むかし、私の踵かかとには翼があった。
 私はそれであらゆる遠方を征服すると思った。
 しかし脚下の土をいつくしむ事を学んだ今は、

 不器用につまづいて両手をつくこの偶然をも喜ぶのだ。

 

 

 

 

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 旅のめざめ
         (片山敏彦に)

 無数の蟬がいっせいに鳴いている、
 土佐の国の高い赤松やせんだんの幹で。
 どこか遠くで秋に聴くような人声がする。
 この国に生れてこの国に生きる
 平和な人々の朝の声だ。

 今朝もまた竜王の鼻や種崎の磯で、
 海が、太平洋の青い波が、
 飛沫を上げたり歌ったりしている事だろう。
 やがて入港する汽船の甲板から、
 夜あけの海で眼をさました幾十という顔が、
 霞の奥に現われるふるさとを
 優しいまちどおしさで見つめている事だろう。
 又、暑くなる一日のはじめを、
 工石くいしの山の頂きで
 薄みどりの夏の霧がもう震えている事だろう。
 そよ風にさえ色のある吸口きゅうこうの水に
 ちぬ釣る船が
 点々と浮いている事だろう。

 この国に客となって
 まだわずかな日をしか数えないのに
 自然に、人に、風土の心に、
 もう僕は深いなじみを繋いでしまった。
 この国の人々の生活に自分の生活を入りこませ、
 その営みにあずかりたいとすら思っている。
 だが、友よ、言わせてくれ、
 君にだけ、小さい声で、言わせてくれ。
 ここからは、遠い、遠い東京に、
 たった一人幼い自分の娘がいて、
 それが今朝の目ざめに、
 今日もまだ帰っていない父親の事を思って、
 ちいさな布団の中でべそをかいているだろう。

 そしてその唇の両はしの
 えもいえず可愛いくぼみが、
 どんな土地の魅力よりも、
 また東京全体の引力よりも。
 もっと強い力で僕を牽くのだ。

 ねえ、
 赤い、ちいさい布団の中で、
 いたいけな涙の粒をうけとめる
 わずか二ミリ平方の柔かいくぼみ、
 あの唇のはしのあの本当に狭い場所が、
 今朝は何物よりも強い力で僕を牽くのだ……

 

 

 

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 道づれ

 君と僕とが向いあっている此処から、
 深い静かな夏の空の一角が見える。
 おなじように深い静かなものが
 この頃の互いの友情を支配しているのを僕らも知っている。

 肩をならべて歩きながら、花を摘んでは渡すように、
 たがいの思想を打明けあう。
 それは未だいくらか熟すには早いが、
 それだけ新しくて、いきいきして、
 明日あすの試練には耐えそうだ。

 君の思想が僕の心の谷間へながれ、
 僕の発見が君の頭脳の峯を照らす。
 君と僕とを全く他人だった昔に返して、
 ここまで来た今日を考えるのはいい。

 そして僕らが遂に沈黙する夕べが来たら、
 肩をならべているだけで既に充分な夕べが来たら、
 晩い燕の飛んでいる町中の
 婆娑とした葉むらの下を並木の路に沿って行こう、  
 明日につづく道の上を遠く夜のほうへ曲って行こう。

 

 

 

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 都会にて

 夏が去りがてに見えるので、
 秋は来ることをためらっている。
 都会の庭の植込みに真昼かすかな虫は鳴くが、
 暑い日ざしは未だ百日紅や石塀をいろどっている。

 けれども日が傾いて蜜のような光が漂い、
 ほの暖かい屋根の上で晩夏の夕雲が美しくなる時、
 私は胸の痛くなるほど思うのだ、
 草の穂がけぶる郊外の新開地を。

 そこに都会の舗道がうすれて、
 そこから自然のはじまるところを、
 人々の生活の赤裸の姿が
 垣根一重で相隣るところを。

 田舎ではない、みすぼらしい都会のへりを、
 男たちの仕事の帰りを女子供の待つところ、
 そこに癒やされぬ生活の疲労があって、
 しかも人間真情の流露するところを。

 夕日に毳けばだつ風景の奥から
 ポンプの音のあがるところ、
 子供らの騒ぎの声が暮色の底に沈むところ、
 都会の夕暮、
 私の心が郷愁をもって思うのは其処だ。

 

 

 

 

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 秋 

 ふたたび秋がここへ来て
 太陽は真率な光をみなぎらせ、
 さわやかな、充実した天地の中で、
 物は豊かに完成され、成就する。

 乳のようなもの、蜜のようなもの、
 きめこまやかな穀類のようなものが、
 すべて結実し、碾けば粉になり、
 陰の中でもほのぐらく光ってうねり、
 朝夕の大きな桶のふちまで
 たぶたぶと重たく満ちる。

 黄と、灰いろと、うすい赤との、
 すがすがしい自然の形象。
 太陽のかたむく時
 空も野も瞬間の花やいだ無限になる。

 そして人は行く者も帰る者も
 永く此の世を生き古りたように立ちどまって、
 風に吹かれ、遠くの海や地平をながめ、
 事物の帰趨や、鐘の響きの消長や、
 夕日のなかの貧しい藁家の
 偉大の意味を瞑想するのだ。

 

 

 

 

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 限 界

 どんな師走しわすのしぐれた午後に、
 東京の高台の桜の枝もぱらぱら寒い窓の下で、
 詩を書くのだろう、あの友は。
 氷のような鑿のみを研いで木のかたまりを彫るのだろう、
 手織の袖無しにあぐらを組んだあの友が、
 アトリエの板の間で、
 どんな心で。

 写真でしか見たことのない
 フランス・パリのメニールモンタン、
 大都会も場末の、
 その町中の、どんな家で、
 廉潔な、燃えるたましいのあの友が、マルティネが。
 病苦と闘いながら仕事をしているのだろう。

 郊外フオープールの煙突の
 煙さむざむと風に吹き散る冬の日に、
 どんな思いで。

    *

 私は知りたい、自分のもののように、
 その心を、その思いを!
 ああ! 私がいつも夢みるこの「どんな」、
 しかしそれが解ったら、
 それを我が物とすることができたら、
 私は一そう富み、一そうよく生きるだろうか、
 もっと幸福になり、もっと他人を幸福にするだろうか。
 それとも、それは、他人の魂の
 神秘を窺おうとする野望であって、
 私の心も、生活も、
 決してそれに堪えられないのではあるまいか。
 その真相は恐ろしく、すさまじく、
 そのため私はその入口で
 たちまち昏倒してしまうのではあるまいか。
 ああ、他人を所有する事と、その可能の限界!

 私が握るその手に彼の心の熱を感じ、
 私が聴くその声音に彼の心の音楽を聴き、
 私が見るその微笑に彼の心の花咲きを見、
 かくて取りあつめたすべての証拠の砂粒から
 「私の彼」をつくねあげて私は満足すべきであろうか!

 

 

 

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 思い出の歌

 われ田園に住みたりき、
 貧しけれども幸いに。
 ちいさき畑はたと花壇とを
 われら作りて暮しけり。

 にわとりもわれ飼いたりき、
 雄鶏二羽に雌十羽、
 十羽の五羽は日に産みて、
 卵は膳をにぎわしぬ。

 露の干ぬまに花を切り、
 たばねて町にわれ売りつ。
 愛で育てたる花々を
 銭に換うるがつらかりき。

 いとずるげなる鶏とり買いの
 男をわれらしりぞけぬ。
 いかで可愛き鶏どもを
 はかりにかけて渡すべき!

 武蔵野の春ほのぼのと、
 朝日は小屋を照らしけり。
 秋ともなれば裏山に
 落葉の響きみちみちぬ。

 わが子を抱きて雪の野に
 まばゆき富士を指さしつ、
 窓にさし入る夏の月、
 紙にうつして詩うた書きぬ。

 いま都にぞわが住みて
 秋風の音ふと聴けば、
 思い出の野に枯葉焚く
 秋の煙のにおいする、
 はるけき幸さちのにおいする。

 

 

 

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 旅

 思い出す、
 あの奥上州の高い国で、
 或る日私たちが足を休めて息をついた
 山みちの出はずれのからりとした一角を、
 白い石屑のあいだに草のまばらな、
 空間のテラスのような幾らかの平地を。

 午前はもうかなり暑かった。
 すこしでも降る小径は
 汗を流してまたもや登る路だった。
 山の白昼の底知れない静けさが
 すべての頂きや谷々を領していた。

 海抜三千五百尺、
 大気の海に突きだした山の出鼻で
 さわやかな白樺の若い緑がそよいでいた。

 風が、山越えする風が、
 眼に見えぬほかの地平や国々の
 よろこび、くるしみを運んでいた。

 「吾妻はや……」
 風は友の古い親しい横顔にもあった。
 風は、白いソフトの下の
 彼の厚い髪の毛にもあった。

 片手に握った三脚を上げて友は教える
 「あすこに
 あの、山と山との奥に見える、
 あれが岩菅」

 岩菅という山は群青の尾根に一閃の雪を光らせ、  
 山嶺の空を匂うばかりにぽっと赤らめ、
 天のエーテルの波につかって、 
 千年黙もだしてそそり立っていた。

 その時、私のうちで
 また新しい千年が過ぎたかと思われた。

 すると、全く解放された世界の力あるどよもしが、
 暁の潮騒しおざいのように、むこうの方、
 金色にまばゆい国々から響いて来た。
 なんと複雑な
 なんと深い人間の声々だろう……

 それは風だった。風が起ったのだ。
 すべての谷間や、山腹や、ほろあなが、  
 深遠な響きにみたされた。

 友は草にかくれた降りの路を私に示した。

 思い出す、あの奥上州の高い国で、
 空間のテラスのような晴れやかな山の出鼻を、
 またその時私をとらえた
 人間への愛と憐れみのあの大きな聖なる夢を。

 

 

 

 

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 シュナイダ−

 オーストリアの山奥から呼び出されてまっすぐに、
 まだ見た事もない極東の日本へやって米た。
 ナラの、キョートの、ニッコーのと、
 弗ドル臭いアメリカ観光客の旅ではない。
 剛健なアールベルクのスキー術を
 わかい日本の学生大衆に教えに来たのだ。

 だがシュナイダーでもやっぱり人間だ、
 異国の雪の高原の夜はそぞろ寂しく、
 ぽつねんとともる豆ランプを前に、
 サント・アントンの炉辺の事がしきりに想われて、
 シガレット・ケイスへ貼った愛児の写真をじっと眺めた。
 やがてぶらりと合宿へ姿を現して
 賑やかな学生の仲間へ加わったが、
 ふと頭の上を見上げた拍子に、
 「天井から空が見えますね」と、
 爽やかなドイツ語が口をついた。

 だがひとたび山々の処女雪が真赤な朝日に照りはえれば、
 ゆうべの憂鬱は跡方もなくけしとんでしまい、
 さばさばと生れ変ったシーロイフファー・シュナイダーが
 ああ、滑るよ、滑るよ、
 飛ぶよ、飛ぶよ!
 ゲレンデ狭し、世界も狭しと髪ふりみだし、
 銀盤にえがき、青空を引摑んで、
 飛鳥のように舞い上り、舞いくだる!

 

 

 

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 シュプール

 遠い目的地への到達の道で、
 現実のえがく逞しい線が、
 たえず大きく、生気にみちて彎曲する。
 時空をとおして熱烈な眼が投げる
 理想の最大傾斜線を
 ひろびろと右に左に巻きながら、
 見まもりながら、
 羊腸をえがいてそれは進む。

 その一廻転を完成する各瞬間の運動を、
 仔細に吟味解剖するとき、
 必然の理法へのなんという賢い服従を、
 惨憺として現実を犂く複雑精緻な経営の
 なんという光景を、
 なんという切磋琢磨せっさたくまの痕を見ることだろう!

 たそがれ、霧のたちこめる
 幽暗な、平和な樅の森林。
 そのむこうに人類窮極の
 一大炉辺を築くことは知っている。

 しかし相次いで前途を扼す無数の難関。
 右への反勣の惰性をおさえ、
 左への踏みはずしを警戒しながら、
 人類の壮烈な推進がえがく
 この制動回転シュテムボーゲンの鑿さく々の痕の美しさ!

 

 

 

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 新年言志

 ――次は東京、東京。
 どなたもお忘れ物の無いように願います。

 とにかく、こんにち何よりも忘れてならないのは、
 声を落さずに良識を言う勇気だ。
 力の前に膝を屈せず、
 圧倒的な多数者の、威嚇を怖れず、
 しずかに人間らしい顔を上げて、
 敢然と「否」「然り」を言いはなつ勇気だ。
 これを言って友を失い、
 孤独無援に身をさらしても、
 たといあすが日のたれ死んでも、
 従容として内天の声にしたがう事
 帰するがような力が欲しい。

 次は東京。
 御所の上で空が青い。
 青い空に山が出ている。

 

 

 

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 早春の歌 

 ながい冬のあいだ、
 人間の悲惨とは無関係のように、
 寂しく、ひっそりした、強い自然の
 錯落の美だった。
 丘は遠のいて北の地平線を青じろくし、
 太陽はよそよそしく南に廻った。

 人々の姿は
 不遇や孤独のために一層はっきりして、
 集合の中でも互いに紛れるという事がなかった。
 めいめいが比例を縮めた輪郭をして、
 じきに戸外の闇を穿ちに行ったり、
 器械のように個々にはずれて分解したりした。

 そこには協同への蔑視と独存の矜持とがあり、
 貧は漬貧の名をとり、
 おのれを研ぎほそらす倨傲は
 廉潔のとがった肩をそびやかせた。

 冬よ、  
 自然の冬、人心の冬!
 世界はルンペンだった。

    *

 けれども咋夜ゆうべおそく昇った星座には、
 今までのものとは違った、温かな、
 何か親密に打明けるような光があった。
 また今朝路の上で出会った風の肌ざわりには、  
 おおらかな、包むような、
 人間的なものがあった。

 誰よりも与え求める事に性急な一人の男は
 そこにいちはやく春を感じた。
 再来の春の証拠をひとつひとつ、
 水の匂いに、遠山の色に数えながら、
 それを人々に知らせようとする願望で
 彼の喉は苦しいほどつまった。

 けれども終日、
 ほとんど誰にも逢わなかった。
 そして彼が最後に出逢った唯一の男、
 それは彼の急いで出した親愛の手を、
 冷やかに払って立ち去る男だった。

 けれども翌日、
 また衷からの希望に動かされて
 彼の歩みが村から村へと訪れた時、
 人々の古い猜疑と誇りとは
 容赦もなく彼の単純で素朴な心を傷つけた。

 けれども今、
 彼の好意が失望と落胆とに変ろうとする瞬間、
 頭のまうえ、無限の春の空の海に、
 信じこむ事で夢中になった一羽の雲雀の
 驚くべき無我と献身との歌を聴いて、
 この男は潜然と涙のたぎり落ちるに任せた。

 

 

 

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 樅の樹の歌
        O Tannenbaum, O Tannenbaum,
        wie treu sind deine Blätter!

 私はやはり自分が
 なおもっと充分若かったらばと思う。

 そうしたら私は滑るだろう、
 冬に、北方の高原地方で、
 新らしい粉雪に被われた広い、深い、樅もみの林を、
 一日じゅう、一人で。
 だが、仲間が厭だというのではない。

 若くて、若さのために眩ゆいほどで、
 仲間への愛や協同の念に燃えて、
 それでいて孤独の味を知っているという事は、
 たしかに美しく、男らしい。

 私はやがて雪と夕日との高原の林を
 遙か人里のほうへ滑って来るだろう。
 私は湧き上る紫の暮色のなかで
 侮いもない純潔な自分に満足するだろう。
 私は試練と冒険とに待たれている
 自分の未来にほほえむだろう。

 その時私は歌うだろう、
 青春の我が身をたたえるように、
 頼もしい、真実な樅の樹の歌を!

 私は、時々、やはり自分が
 なおもっと充分若かったらばと思う。  
 しかしそれとは違う事で、今日こんにち、 
 更に多くをできるかも知れない。 

 

 

 

 

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 言 葉

 私は言葉を「物」として選ばなくてはならない。
 それは最もすくなく語られて
 深く天然のように含蓄を持ち、
 それ自身の内から花と咲いて、
 私をめぐる運命のへりで
 暗く甘く熟すようでなくてはならない。

 それがいつでも百の経験の
 ただひとつの要約でなくては――
 一滴の水の雫が
 あらゆる露点の実りであり、
 夕暮の一点の赤い火が
 世界の夜であるように。

 そうしたら私の詩は、
 まったく新鮮な事物のように、
 私の思い出から遠く放たれて、
 朝の野の鎌として、
 春のみずうみの氷として、
 それ自身の記憶からとつぜん歌を始めるだろう。

 

 

 

 

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 女の小夜楽
        (妻に)

 むかし、お前にとって、
 春は
 不治の病いで気むずかしくなった一人の叔母と、
 母のない弟妹と、  
 十二羽の白い牝鶏とを寝かせてから
 あの長い長い日記を書く、
 はこべのつぼむ夜であった。

 十年たって、今、
 お前は母だ、お前は叔母だ。
 お前の時間は
 ふさいでもふさいでも直ぐ破られる
 子供の靴下のつくろいと、
 たった一人の遠い小さい姪めいへの心づかいと。
 九天の奥でほのぐらい風に燃える
 慈愛の星の春の夜だ。

 

 

 

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 日の哀歌

 夕日のなかに嫁菜がたくさん咲いている。
 そのやわらかな薄紫の花が
 あまりみごとな大輪なので、
 そっと手にうけて眺めていた。

 頭の上のくぬぎの木で
 なにか忙しそうな小さな物の音がする。
 寝に行くまえに餌をあさる四十雀が
 暗い枝をしらべているのだ。

 稲の田圃が寒い黄いろに熟れている。
 その間をほどいた帯のように流れる用水、
 むこうの雑木林を燃やしている終焉の太陽が
 つめたい水に火をながす。

 クイクイと空の高みを鳴きながら
 一群の鶫つぐみが北から南へ渡って行く。
 あすは朝から銃声が起こって、
 無辜むこの血潮が草の葉の露にまじるだろう。

 このように、田舎の秋の夕暮を、
 遠く、まじめに、悲しく澄んだものとして、
 草や、小鳥や、水や、夕映えとともどもに、
 今日という日の流転るてんのなかに心やさしくほろびてゆく……

 

 

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 野良の初冬

 いつのまにやら自然はすっかり冬になった。
 秋の絢爛をざくざく落した林の上には、
 毎日大きな青玉のような空が懸かる。
 冬の光にまぎれた細いその梢で、
 北の大陸から渡って来た小さい真鶸まひわや頭高かしらだかが、
 胸を反らせ頭をつっ立てて八方の地平に気をくばっている。
 こねかえされた霜どけ路も
 光の魔術をよろこぶ眼には高貴な絨毯よりも美しい。
 畠の隅の堆肥のかげに、
 碧い瞳、白い星、
 いぬのふぐりはこべの花が遠い春の幻影をつづる。
 華麗な衣裳のかわせみ
 枯蘆の立つ水際でたなごを狙い、
 かいつぶりの赤い頭は冷めたい池に輪をひろげる。
 百姓が賑かに大根を洗っていたのはついこの間の事だったが、
 今ではもうその乾大根に昼の月の懸かる頃だ。
 梅の枝やからたちの針に百舌の早贄はやにえもふえてゆく。
 蜘蛛の子は厚い絹の袋の中。
 それを捜しに毎日四十雀や鶯が来る。
 こうして日毎に冬の景物の揃ううちには、
 じきにびんずいたひばりが群になって、
 田圃の稲の刈株や畠の畝へ下りるだろう。
 やがて鶫も野に散って、
 浅い雪の下に太った地虫をあさるだろう。
 そうすると僕は頭から外套をひっかぶり、
 寒い北風の中で一日じゅう自然を見守っているだろう。
 これが僕の詩人である仕方だ。
 ゆうべは午後十時に零下一度を測った。
 「そんな事が何になる」と君はいうかも知れないが、
 とろとろ燃えるストーヴの傍らで
 「セヴェネイク・フォレストの早春」を読みながら、
 こがらしの夜空にひかる星の郷愁に
 じっと心をひそめている僕なんかをもたまには思え。

 

 

 

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 清 福
        (木暮理太郎翁に)

 初冬がつめたい空気を硝子のように張りつめた。
 田舎では時雨のあとの西の空から午後の弱い陽がさして、
 人影もない溝のふちや霜に焼けた藪のなかに、
 鶯やみそさざいの冬の地鳴きが響いている。
 むらさきしきぶの紫だの、野葡萄の青だの、
 がまずみの珊瑚色だの、すいかづらの黒だの、
 今はいろいろな実が凋落の自然のなかで、
 いろいろな色に光る時だ。
 それを一つづつ折って来て、ついおとついの事だったが、
 僕は部屋の壁へ掛けた詩人たちの古い写真を懐かしみ飾った。
 そうして、もう忽ち田舎の日の暮だ。
 鵯ひよどりや懸巣かけすの騒ぐ村にはさむざむと青い煙がたなびいて、
 あの刺すような、からい乾大根のにおいに
 たきたての熱い飯の事が思い出されて、
 急に烈しい食欲と一緒に家族への愛着におそわれる。
 それと同じように、あの夕映えの金のはて、
 遠い山々の悲しく黒い壁までつづく広がりに、
 いくつの本村、いくつの新田が、
 風とたそがれとに身をひそめて、
 今、慈しみの明りをともし、
 団欒の芋や麦飯をかしいでいる事だろう。
 ああ、そうして、これこそは貧しくても、
 ほんとうの清福というものだ。
 未来のいつの世かの人類の祭典の予感のような、
 こんな十二月の夕焼の時、
 田舎で、小さい体を丸くして藪に寝る鳥のこころ、
 色のさめた思い出を懐かしむとて針で留めた野の小枝、
 霜よけのむしろの下に甘く皺ばむ乾大根、
 暗いこがらしの底にせめて明るく暖かい搰火ほだびのぱちぱち。
 こうしたすべてを清福の詩と感じることのできるかぎり、
 人は、たとい僕のように一介の野の詩人でも、
 王侯も貴紳も知らぬこの世の富をもろ手にうけて、
 首陽の山に蕨わらび食うともいとわないのだ。

 

 

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 訪 問 

 安月給から溜め上げた金で
 長年望みの自転車を手に入れたその日、
 さっそく横浜から荻窪まで
 十里にちかい炎天の道を乗って来たのだ。
 砂ほこりの立つ菊名、綱島、溝ノロ、
 青い多摩川のふちで一息入れると
 支那饅頭を頬ばって水を飲んだのだ。
 そうして借金もあらかた返して
 この車まで自分の物にする事のできた今日が
 ばかに嬉しくなって、きれいなバリトーンで
 「兄弟刺客の子守歌」を歌ったのだ。
 それからまた飛ばしたのだ。

 世田ガ谷から目黒あたり馬糞のにおい、
 地図を見違えてさんざん迷ったあげく、下高井戸、
 やがて荻窪も近い上水のふちまで来ると、
 みやげの買えなかった事が急に苦になりだし、
 自転車をおりて崖の撫子なでしこを摘みにかかったが、
 橋の袂の掛茶屋のおばさんに
 「あんまり取らないでくださいよ!」と叱られたのだ。

 安部秀雄は汗にまみれ、腎を腫らし、
 詩と善意とにくりくり光る
 あの大きな目玉を少しくぼませ、涙をためて。
 しっかりと私の手を握るのだった。

 

 

 

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 五歳の言葉

 「敏彦が咲いた」というのは、
 つまりなでしこが咲いたの間違いなのだ。
 「子供はいびぶくろがちいさいのね」ということは、
 私は子供でまだ胃袋が小さいから
 お三時をもう一つ余計に食べたくても
 貰うわけにはゆかないのねと駄目を押すことなのだ。
 首からがまぐちを下げて煙草のお使いに行きながら。
 「なるべく上を見ないように」
 小さい顔をうつむけてすたすた急ぎ足なのは、
 空の雲と「お庭にいるこわい蜘蛛」との
 同音から来る幼い観念錯誤なのだ。
 だから、それで宜しい。
 言葉は複雑で、ややこしく、
 ちいさい柔かい生活がすでに中々むずかしい。
 安心感心とを今だにたびたび言い違えるお前、
 そのお前が「友情だとか愛だとか
 そんなものはすべて甘いものだ」と人から聴かされて、
 敢然「否!」を言うまでには、
 たくさん人生の苦味を舐めなくてはならない。
 だから、それで宜しい。

 おいで。抱っこしてやる!

 

 

 

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 カマラード

 ……それから鞍部の森林帯へくだった。
 われわれの第一夜の露営地だった。
 山では暮れるに早い午後四時すぎ、
 暗い針葉樹の脂やにの匂いや倒木の匂い、
 足先からのぼって来る土のつめたさ、
 すこしづつ色づいてゆく頭上の空と
 雲の煙幕のパステル黄。
 だが一羽の鷹の、
 一羽の岳鴉の叫びもなかった。

 そして其処に一人の男、
 われわれの一行の中の一人の新顔。
 彼は皆が足をさすったり、煙草を吸ったり、
 山頂に残る明るみを眺めたりしている間に
 茂みへはいりこんで、枯木や枯枝を集めて来る。
 かもしかの毛皮で作った鞘のある山鉈やまなた
 われわれの焚火やテントのために伐り集めて来る。
 それから両手に水筒とバケツをさげて、
 われわれの渇きや炊事のために
 水を求めて谷間の闇へ降りてゆく。

 こういう事を仰々しくもなく見てくれもなく、
 黙々として彼はそばから始末する。
 長い共同生活に鍛えぬかれた者のように、
 すべてが自然で、有効で、
 じつに美しく実行的だ。
 「自由な発意」だとか「無償の行為」だとか、
 そんな事を今更めかしく彼は喋々しないのだ。
 「時は来たらん」ではなくて、生きて今在るこの時が
 いつで屯正に「その時」なのだ。

 露営の設備も火起こしも、
 バケツ一杯になるまで泉の滴々を待つことも、
 その苦しい運搬も、
 すべて「時」への行動タートなのだ。

 いくらかストイックで、そのくせ自由で、
 びくともしないで、頼もしいその彼が
 いま熔岩いろのパイプをたのしみながら、
 ぱちぱち跳ねる露営の火のそばで
 古い厚いポケット手帳へ何か書いている。

 

 

 

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 新戦場

 われわれはもう何者でもないだろう、
 他人にも、かつてあった自分にも。

 あの死の瞬間に、
 できるものならもう一度この足で立ち上って、
 どこか知らない水と森との清涼な未開の国で、
 全く新しく生き直したいと思うほど
 この世がなつかしく美しく見えたのだが、
 別の真実が
 仰ぎ見させる白い光で現れたのだが……

 もう取り返しのつかない砕かれた頭、
 穴のあいた、みじめな胸。
 これがかつてそれぞれの
 労苦の母の最愛のものだった。

 たましいの奥底では、
 絶えず善くなろうと思い、
 人らしく、正しく、美しく生きようと願って
 その準備もしていたのだが……

 熱い、大きなそよかぜに吹かれて
 ようやく茂る夏草に埋もれる身が、
 死んだ後までも憎んだり呪のろったりすることを、
 生きている他人から期待されるのは厭だ。

 われわれを護国の鬼などと云うのはやめてくれ。
 本当はすでに互いに忘れていながら、
 奉仕し、奉仕されたと思おうとするのは嘘だ。
 われわれはもう君たちの寄託からは自由だ。
 異郷の夏の草よりも風よりも遠く、
 もう金輪際こんりんざい

 君たちとは無関係だ。

 

 

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