詩集「同胞と共にあり」 (昭和十八年)
同胞と共にあり いわゆる指揮官先頭にあらず。
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石見の国の日本の母 青い石英粗面岩の渓谷をさかのぼって、 わかい未亡人岡村トキさんは 村長さん肝いりの御馳走を、
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大 阪 燃えるように暑い九月、あわただしい旅だった。
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忙中閑 『満洲なんぞ大豆と石炭しか 忘れた時分にこんな消息をほのぼのと
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志を言う 大根だいこ吊り干す畠の遠いひろがりを越えて、 世にたぐいない国土に生きて、
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隣組菜園 さざんかの花 地にこぼれ、
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雪の峠路 雪はこの渓谷を埋めつくすかとばかり 漸くかたむく我が年令の坂にして、 ピッケルをかかえ、岩を踏みしめ、
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アリューシャン もうそこには昼らしい昼、 ふるさとの秋の祭の消息も、 だが死生を超えたその心に 敵が頼みのアラスカ公路、
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明星と花 春のようだった一日の 誰かが通りかかって物静かに挨拶する。 見れば手に一枝の蠟梅ろうばいを持っている。
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軍艦那智 水の粘性を圧するように、 その灰いろの威容は海全体を風靡しているが、 その下へ急航すべきどんな戦雲も
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春の谷間 春は遅々としてめぐって来るが、
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第二次特別攻撃隊 その写真をかたわらに、
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静かなる朝の歌 朝のわずかなひとときを、 遠くあかるむ北方の春と 重大の時に呼ばれて、
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北門の春 雪と氷の北方に、
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勤労作業にて 竹籠のおべんと箱の蓋をとると、
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消 息 毎日よく晴れた日がつづきます。 田植もきのうで終りました。 それから田圃へ行きます。 七時を過ぎると堰せんぎの水で泥を洗い、 いちにん前の働きのできないきょうの私を
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学徒出陣 思い出おおき明治神宮外苑の秋、 さらば征ゆけ、神州先発の学徒部隊。
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工場の山男 ――かつて北穂きたほの東稜に青春をこころみ、 きょうで連続三晩の徹夜だ。 どうすれば机上の数字がものになるか。 南海に数をばらまく敵機の哨戒、 ――むかし不帰かえらずや牛首うしくびの峻嶮に友を支え、 あす新鋭機納入に立会たちあい。
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弟橘媛おとたちばなひめ このようにして、尊みことよ、 さきには、そのただなかに あなたにかしづく献身の女を 尊よ、歎いてはいけません。 貴い御佩刀みはかしを抱いだくことのできた女の
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白鳥の陵にて 森よ、欝蒼と生おい茂れ、 八雲やくも立つ出雲の夏の川ぎしに。 やんごとなきおん身にして遠く死生を往来し、 ああ、水無月みなつきの森よ、欝蒼と生い茂れ、
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