男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から」 冬野・最後の雪に・春愁・天上沢・牧場・かけす |
男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から・第二」 雪消の頃・郷愁・盛夏の午後・ 田舎のモーツァルト・夕暮れの歌・野辺山ノ原 |
男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から・第三」 安曇野・和田峠・夏雲・馬籠峠・夜をこめて |
男声合唱曲集「いたるところの歌」 モーツアルトの午後・十年後・峠・秋の漁歌・ 結びの詩 |
男声合唱曲集「秋の流域」 夏の最後の薔薇・雲・美ガ原熔岩台地・追分哀歌・ 隼・秋の流域 |
男声合唱曲集「樅の樹の歌」 春の牧場・金峯山の思い出・故地の花・ 音楽的な夜・樅の樹の歌 |
男声合唱曲集「歳月」 一年後・三国峠・春浅き・復活祭・歳月 |
男声合唱曲集「花咲ける孤独」 早春の道・車窓・木曽の歌・十一月・受難の金曜日 |
男声合唱曲集「八ガ岳憧憬」 早春の山にて・行者小屋・山の湖・ 人のいない牧歌・冬のこころ・回顧 |
※ 題名、改行、ルビ、傍点の表記は
尾崎喜八詩文集など、原典に拠っています。
※ 行に収まらない時は
改行して、かつ3文字下げています。
※ 下線は原典の"傍点"を現しています。
男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から」 冬 野 いま 野には 最後の雪に 田舎のわが家の窓硝子の前で 雪よ、野に藪に、畠に路に、 やがて遠い地平から輝く春が 春 愁 静かに賢く老いるということは 天上沢 みすず刈る信濃の国のおおいなる夏、 牧 場 山の牧場の青草に 夏もおわるか、白雲の 山の牧場に風立ちて、 かけす 山国の空のあんな高いところを
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男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から・第二」 雪消の頃 清いものとして薄れゆく 身にしみるほどまじめで、 ながい隠忍のはしばみや 雪消ゆきげの水の青と銀との糸すじに 自然はまだどこか淋しいが、 そして、もう人が居るのか、 郷 愁 子供が一筆に、のびのびと、 心よ、晴ればれとしているがいい! 盛夏の午後 歌を競うというよりも むしろ その中間の低い土地は花ばたけ、 すべての山はまだ夏山で、 二羽の小鳥はほとんど空間を完成した。 田舎のモーツァルト 中学の音楽室でピアノが鳴っている。 夕暮の歌 夕ぐれ、窓のむこうの闇を、 野辺山ノ原 今ははや六年むとせのむかし、 見はるかす甲斐や信濃の 井出ガ原、念場ねんばガ原と、 海ノ口、今宵のとまり、 おりからや、若者二人 四五町もわれは行きけん、 わがためになおよく道を
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男声合唱曲集「尾崎喜八の詩から・第三」 安曇野 あずみの 春の田舎のちいさい駅に 絵のような烏川黒沢川の扇状地、 和田峠 上かみの諏訪すわ、下しもの諏訪かけ 岩の間まの節分草に わが性さがの石を愛めずれば、 夏 雲 雷雨の雲が波をうって 残雪をちりばめ 這松をまとって 眼下をうがつ梓の谷に 馬寵峠 草もみじ、木々のもみじの 人たえて通わぬゆえか、 木曾行きて六日の旅に 夜をこめて 今にも飛んで来そうな まんじりともできない寒さに 伴侶とものからだのぬくみを頼りに 離れていたら知らぬ間にこごえて そうなったら、 高い樹のうろの安全な巣で 全身のうぶげをふくらませて * けれども永遠かと思われた ごうっと吹きわたる やがてまっさきに丘を照らした
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男声合唱曲集「いたるところの歌」 モーツァルトの午後 気だてのいい若い綺麗なおばさんのような 十年後 田圃たんぼへ下りてゆく青い細道、 整然と並んで清さやかにそよぐ かって試みた山が四周の夏を横たわり、 峠 下のほうで霧を吐いている暗い原始林に 秋の漁歌 信州は南佐久、或る山かげの中学の 結びの歌 庭は緋桃の花ざかりだ。 鶫つぐみの歌や山鳩の声が響くにつけ、 「我は足れり」のアリアが 春の大きな雲が暗み、明るみ、
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男声合唱曲集「秋の流域」 夏の最後の薔薇 夏の最後の薔薇よ、 あした私は遠く旅立つ。 訣別という事のいさぎよさが おのれを抑えて 雲 雲がはるかに、群れ、浮いている、 雲の変化はつねに短音階モルだ。 この世でのつながりを欲しいが、 ウンブリアの 美うつくしガ原はら熔岩台地 登りついて不意にひらけた眼前の風景に 秋が雲の砲煙をどんどん上げて、 追分哀歌 火山砂に書いては消す者よ またあたらしく来る秋に 隼 ながれるように飛んで来て、 秋の流域 二日の雨がなごりなく上って、 葡萄畠のあいだから川が見えて来た。
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男声合唱曲集「樅の樹の歌」 春の牧場 あかるく青いなごやかな空を だが 緑の牧の草のなかで 金峯山きんぷさんの思い出 金泉湯きんせんとうの若いおかみさんは 故地の花 山の田圃を見おろして行くあの細みちの 私たちにななたびの 押葉となって手紙の中に萎えてはいるが、 音楽的な夜 日が暮れると高原は露がむすび、 夜空をかぎる山々の黒い影絵も 樅の樹の歌 私はやはり自分が そうしたら私は滑るだろう、 若くて、若さのために眩ゆいほどで、 私はやがて雪と夕日との高原の林を その時私は歌うだろう、 私は、時々、やはり自分が
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男声合唱曲集「歳月」 一年後 猿ガ京を出はずれて、 「小父さん、どけえ行くだ」 * 翌年の春もたけて山藤の頃、 私は歩きながら眼で探した。 子供はたじろいだが手に握った、 すこし行って私は振り返った。 私も遠くから首をかしげて 三国峠 権現さまに臀をむけて 春浅き 春浅き三頭みとうの山に 氷柱つららこそ滝にはかかれ、 しかれども我がいぶかりは 宿にして夜のまどいに、 礼いやすると、はた、せざるとは、 復活祭 「天は笑い、地は歓呼する……」 生涯を詩にうちこんで幾十年、 木々の梢に歌ほとばしらせる小鳥たちや 歳 月 むかし春の空気に黒鶫くろつぐみが歌い、 むかし野薔薇が雲のように咲き埋めた しかし眼を上げて遜かを見れば
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男声合唱曲集「花咲ける孤独」 早春の道 「のべやま」と書いた停車場で 開拓村の村はずれ、 私はこの画の中にしばしばとどまる、 車 窓 ほら、 木曽の歌(開田高原) もしも私たちが 地蔵峠のむこう、末川から西野まで 小さくて、粗食に堪えて、働き者の そして七月・九月の福島の馬市に、 十一月 北のほう 湖からの風を避けて、 受難の金曜日カールフライターク まだ褐色に枯れている高原に (その他の詩帖から)
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男声合唱曲集「八ガ岳憧憬」 早春の山にて 遠い北方の山々に雪はまだ消えないが、 こうして移る刻々が だが明日あすは五月。 行者小屋(八ガ岳) もうずいぶん古び破れた無住の小屋、 山の湖(白駒の池) 歳月の奥の思い出のように、 そこだけ雪の吹きわかれる ひとむらの黄花石南を目の前に、 煩悩もなく、焦慮もなく、 人のいない牧歌 秋が野山を照らしている。 谷の下手しもてで遠い鷹の声がする。 この冬ひとりで焚火をした窪地は 冬のこころ ここはしんとして立つ 回 顧 いたるところに歌があった。
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